一番大切な事・7:「その日」の事、「その日」の気持



「ねぇ、ぽんはさ、どのくらい真剣に離婚を考えてるの?」
ちょっとしてから彼女は僕にそう尋ねた。






「そうだなぁ。どう言えば良いんだろ
 あのね、子どもって親からの淀みない100%の愛情が必要だと思うんだ。
 でも、僕の場合はさ、まぁ、数年前から離婚を考えてたワケじゃない?
 それで一度ヨメさんと話し合いをしたけど、ずっと保留のままになってる」


「うん。それを前に聞いた時、奥さんすごいなって思った。
 きっとそれだけ愛情が深いんだと思うの」


「そうかなぁ。住む場所が無いからじゃない?」僕は笑ってそう言った。
「えー。だってもし家を出ても実家とかあるじゃん」
「うん。そうなんだけど、ヨメさん的には実家には戻りたくないみたいよ。
 多分プライドが許せないんだと思うけど」
「プライド高いの?」
「んー、世間体みたいな部分のプライドは高いと思う」
「そうなんだ」そう言って彼女は笑った。


「それにさ離婚の話しをした時、ヨメさんは
 「私たちは住まわせてもらってる立場だから」って言ってたし、
 今は妥協して一緒に住んでるだけだと思う」


「そっかー」


「でさ、その時に離婚の話しをして、結局そのままになっちゃって、
 その後に僕にはまた彼女が出来て別れて って繰り返しでさ。
 まぁ、前の彼女はどうでも良いんだけど、今、こうやってF香がいてさ。
 正直、家に居るのがイヤだし、キツい事が多いの。
 その雰囲気をチビもたぶん感じ取ってると思うんだー。
 だからさ、僕の存在って、家にとっては害悪でしか無いと思うんだ」


僕はそこで一度言葉を切った。彼女は何も言わなかったが、真剣に聞いていた。


「だからね、もう、こういうのは終わらせた方が良いと思ってる。
 僕自身のためにも、チビのためにも、家のためにも」


「うん」


「もちろんF香の事もあって離婚を考えているんだけど、それはまた別の問題だと思ってる。
 例えばF香のために離婚する ってなっちゃうとプレッシャーを与えちゃうし、
 もしF香が僕と離れちゃったとしたら、恨み言みたくなっちゃうでしょ?
 だからそうはしたくないの」


「うん」


「だから半々というか、順序の問題と言うか。
 まず自分自身にケリをつけるために離婚をして、F香との事はそれからみたいな感じ。
 まぁ、明日すぐにでも ってワケにも行かないけど、
 そうだなぁ、少なくとも1、2年後にはケリをつけなくちゃ とは思う」


「うん。ぽんの言いたい事はちゃんとわかる」
そう言って彼女は頷いた。




「でもね、一つ不安というか、悩んでる事があるんだ」
「なぁに?」
「もしね、まぁ先の、仮の話しだけどさ」
「うん」
「僕が離婚してF香と一緒になったとするでしょ?」




彼女は結婚しても子どもは欲しくないという考えを持っていた。
僕はそこにちょっとした不安を抱えていた。


僕は一度子どもを見捨てる事になる。
親として失格だ。
だからもう一度子どもを作る気を持てないかもしれない。
そういう意味ではF香が「子どもは欲しくない」と思っているのは助かる。
でも、もしF香が子どもが欲しいと思った時、僕に遠慮してそれを言えなかったらどうしよう。


僕はそういった話しをした。
「つまりさ、僕は親として失格だから、その辺がね・・・」
「んーん、そんな事ないよ。失格とは思わないよ。そんな風に思わないで」
彼女はそう言って僕を見つめた。


「それに、欲しくなったら仕込んじゃうかもしれないし」
「えー、針で穴を空けたりして?」
そう言って二人で笑った。


「まぁ、そんなんはずっと先の事かもしれないけど、何となく思ったの」
「うん。どう言えば良いのか分からないけど、ありがとう。
 いつも大事に思ってくれてるの、ちゃんと分かってるよ」
そう言って彼女は僕の背中に手を回した。




「ねぇF香」
「なぁに?」
「僕にはF香が必要だよ。ずっと必要」
「うん」


「F香はどう?」
僕は彼女に聞き返した。






「私はぽんが欲しい」






その言葉を聞いた瞬間、僕の中で何かが弾けた。


僕はF香を手放しちゃいけないんだ。僕たちは離れてはいけないんだ。
そう思うと、自然と涙が溢れそうになってきた。


「好きだよ、F香」
「私もぽんが好きだよ」


僕は一度身体を離して彼女の顔を見た。
「どうしたの?」と彼女は聞いた。


「んー、どうしよう。言おうかどうか考えてる」そう言って僕は笑った。
「えー、なになに? 気になるじゃん」彼女も笑った。


「聞きたい?」
「なんか怖いなぁ」
「怖くはないよ」
「良い事?」
「そりゃそうだよ」
「えー、ドキドキする」


「ん、一度しか言わないよ?」
「う、、、うん」
「同じ事は当分のあいだ言わないと思うから、言い納め」
「・・・うん」


「あのね」
「うん」






「愛してる」






もー、何を言うかと思ってビックリしたじゃん
そう言って彼女は顔を隠した。


あー、何か恥ずかしい
そう言いながら照れていた。


「前はこれ言ったらドン引きされたしなぁ」
そう言って僕は笑った。


その時は彼女の気持ちが完全に僕から離れている時だったので
彼女は「このヒトは何を言い出すんだろう」と思ったらしい。


「あの時はねー(笑
 でも、今はすっごく素直に受け容れられるよ」
そう言って彼女はにこにこしていた。





時計を見ると、すでに24時近くなっていて、終電の時間が近づいていた。


「ところでさ、今日の話しってどうやってまとめれば良いのかな?」
僕は笑いながら彼女に尋ねた。


僕は何か良い言い方がないか考えた。


「どうやってまとめるの?」
彼女は横になり、僕の膝枕でウトウトしながら聞いていた。




「んとね、じじばばになっても、ずっとお互い好きでいようね」
「あはははは」
彼女は一瞬笑ったけど、僕のカラダに手を回した。


「うん。ずっと一緒にいたい」彼女はそう言った。
「ずっと一緒だよ」


「ずっと側に居てくれる?」
「ずっと側に居るよ」
僕はそう言って彼女を抱きしめた。






「でもさー」
僕はふと思いついた事を言った。


「じじばばになっても ってさ、ある意味プロポーズだよね(笑」
「あー、ホントだー」
そう言って二人で笑った。





この日、僕と彼女はこんな話しをしていた。


状況の結論が出たようで出ていない感じだったけど、
お互いの気持ちはハッキリした。


でも、それは僕にとって良い内容でもあり、悪い内容とも言える。
彼女にとっても良い内容でもあり、悪い内容とも言える。


そしてこれは
「その日」の出来事であり「その日」のお互いの気持ちだった。





その翌日、彼女は彼の家に泊まりに行った。
これは確定事実では無いけれど、おそらく泊まりに行ったであろう




僕は「好きならそれでいい」と思っていたけど、
やはり彼の家に泊まっていると考えると苦しくなる。


僕はそんなに心が広くない。
僕には嫉妬心もエゴもある。


好きならそれでいい と思っても、
やっぱり彼女が必要だし側にいて欲しいし、取り戻したいと思う。


でも、そう思っても、その言葉を出すわけにはいかない。
まず、自分自身にケリをつけ、それからでなくてはならない。


そう自分に言い聞かせてみたけれど、自信が無かった。


またどこかで暴走してしまうのではないか
また彼女を苦しませてしまうのではないか


僕は自分自身をセーブしなくてはならない。
やるしかない。


そう思っていたけれど、その決心はあっという間に崩れてしまった。
彼女と「その話」をした3日後、僕は彼女と会って、話しをした。


そして、それは僕をさらに苦しめる事になった。