7・コーヒーとタバコと映画





ーーー1990年衣替え


中間試験も終わり、夏服になった。
僕はその日も部活と委員会の活動で、放課後まで残っていた。




部活と委員会を終え、一人下駄箱へ向かっていた。
僕が通る廊下にはU子の教室があった。
そこを通りかかると、見覚えのある後ろ姿が目に入ってきた。




「よ、どうしたの?」
僕は机に突っ伏して寝ている女の子に声を掛けた。


「あ、せんぱい。今日、体育があって疲れてたから寝てたんです」
そう言ってU子は眠そうに目を擦った。
「そっか。もう下校時間だよ。ヒマだったら一緒に帰る?」
「は、、、はい。すぐ用意します」
そう言ってU子は荷物をまとめだした。






春に一緒に帰ってから、僕とU子はたまに一緒に帰っていた。
一緒に帰るとは言っても、駅までの道程と、乗換駅までの僅かな距離だった。




「先輩はいつも○○駅からはどう帰ってるんですか?」
「ん、バス。これがまた長いんだよねー」
「どのくらい?」
「最低25分はかかる(笑」
「わたし、そんなに乗ってたら酔うかも」
「ははは。U子ちゃんは○○駅だよね。原チャなら30分くらいかなぁ、ウチから」
「来たことあるんですか?○○駅の方って」
「うん、友達が何人かいるから」
「へ〜」




その乗換駅はちょっとしたターミナル駅で、バスも多く、電車も何路線か走っていた。
僕はバスに乗り、U子は違う路線に乗り換えるから、いつもならここでバイバイする。




「あれ?どうしたの?」
僕が改札に向かうと、U子もついてきたのだ。


「○○で買い物していこうと思って」
「そっか。じゃぁ僕も付き合おうかな。どうせヒマだし」
「ホントですか〜?」


U子はちょっといたずらっぽく笑いながら問いかけた。


「ホントホント。今日は先輩達とも会わないし」
焦った訳ではないのだか、少し真剣に僕は答えた。
確かにその日は先輩とも会わず、ヒマだったから、何も真剣になることもなかった。




しばらく駅ビルをブラブラし、U子は買い物を終えた。


「さて、と。どう、お茶でもしていかない?」
僕は普段からこの駅ビルでお茶をしていたので、U子を誘ってみた。
先輩たちとお茶をする時と同じ感覚で誘ったのだ。




「あ、行きます」


思ったよりあっけなく返事が返ってきたのには少し驚いた。
僕はたまに行く喫茶店に連れて行き、席についた。




「あ、あたしがこっちで良いですよ」
U子はそう言って通路側の席に座ろうとした。
「ん? あぁ、良いよ、そっちに座りなよ」
そう言って僕はソファーを指さした。




こういう接し方は、先輩達と付き合うウチに自然と身に付いてしまった。
大魔王先輩の彼女がこういう事に煩く、常に僕に言っていたのだ。
「女の子を柔らかい方に座らせなきゃ、やっぱ」などなど。


僕もそれはその通りだと思っていたので、U子をソファーの方に座らせた。




注文したコーヒーが目の前に置かれ、一口飲んだ。
「タバコ・・」
「え?」U子はきょとんとして僕を見た。


「タバコ、吸うけど、良い?」
「あ、良いですよ。ウチ、両親とも吸ってるから」
「そっか。なら良かった。すまんねぇ」僕はタバコに火を点け、煙を横に吐き出した。




「先輩、タバコ吸うんだ〜」
「ん? 言ってなかったっけ」
「はい。初耳。大丈夫なんですか? 学校から近いけど」
U子は回りの客に聞かれないように、小声で僕に問いかけた。


「そこはそれ、なんのための私服通学だ、ってハナシでさ」
そういって僕は笑った。
「え〜、その為に制服着ないんですか?」
「あはは、いや、それだけが理由じゃないけどね」




僕はどうも制服が好きになれず、入学当初から少しずつ制服を着なくなり、
三年生になるころには、ほとんど私服だった。


私服になると、僕はとても高校生には見えなかった。
出来の悪い専門学校生、という雰囲気だった。




いつしか、今度封切りされる「バックトゥーザフューチャー3」の話になった。


「見に行きたいんですよね〜、マイケル」
「あはは、好きなの?あの映画」
「うーん、なんとなく!」
「なんとなく、って」
「あはは。○○ちゃんとかとも、見たいね、って話してたんですよー」
「へ〜。そっか。映画か〜。久しく行ってないなぁ」
「そうなんですか?」


「うん。そうだ、一緒に行く?せっかくだし。ははは」
「そうですね〜、行ってみたいですね〜、あはは」




その時、僕は単に話の流れで映画に誘っていた。
少なくとも僕は社交辞令や冗談ではないにせよ、軽い気持ちで言っていた。
いつも先輩や後輩などと話す時と同じように。




もちろん、それは良い意味での間違った行動だった。