9・懐いたネコ
□2006年6月・5□
「すっごいなぁ、この仔がいきなり膝に乗るなんて」
「え〜? そうなの?」
「そうだよー。僕なんて懐いてくれるまで、何ヶ月かかった事か」
☆
その日、W子は僕の家に来た。
僕は夕方頃からソワソワし始め、なんとなく仕事も手に付かなかった。
W子もその日は朝から「今日は早く帰ります!」
と宣言していたようで、いつもより早い時間に会う事が出来た。
とはいえ、家でゴハンを作るような時間的余裕はなかったし、
せっかく初めて来るのだから、家ではゆっくりしたかったので、僕の地元駅で夕飯を食べた。
☆
「おじゃましまぁす・・・」
そう言って、W子は玄関を上がった。
「ごめんねー。ちっとも片付いてないんだけど・・・」
「・・・ホントだ(笑」
掃除したとはいえ、そもそも最初の状況からしてカオスだったので、
片付けても片付けても「何か」が残っているような感じだった。
居間に入ると、ネコたちがニャーニャーとゴハンをせがむので
僕はいつものように缶詰をあげた。
W子はそんな僕の姿を見ながらニコニコしていた。
「なんだよ。見るなよー」
僕は照れながらも、なんだか嬉しかった。
やってるコトはとんでもないコトなんだけど、
同じ屋根の下にW子と一緒に居れるのだ。
ネコたちはそんな僕たちの心境もお構いなしに
美味しそうにゴハンを食べていた。
「コーヒーで良い?」
僕は二人分のコーヒーをテーブルに載せた。
インスタントコーヒーを飲みながら、二人でタバコを吸った。
僕はテーブルでタバコを吸うのは久しぶりだった。
「結構、おうち、広い?」
「どうだろう。W子の家に比べればちっちゃいよ(笑」
ウチはそれほど広い家ではないけれど、
大人数で住むワケでも無いし、ネコたちにとっては十分な広さだった。
しかし、2年前に買ったその家も、
ネコたちの爪研ぎのおかげで、壁紙はあっという間にボロボロになっていた。
そんな話をしていると、一番長老のネコがやってきて
W子の膝の上に乗った。
そのネコはヨメさんがずっと飼っていた仔だったので、
そう簡単に初対面の人間に懐かないのだ。
→ヨメさんにしか懐いていなかった
「すっごいなぁ、この仔がいきなり膝に乗るなんて」
「え〜? そうなの?」
「そうだよー。僕なんて懐いてくれるまで、何ヶ月かかった事か」
「どのくらいかかったの?」
「そうだなぁ。半年くらいは懐かなかったんじゃないかな」
「そうなんだー」
「きっと、いらっしゃい って思ってくれてるんだよ(笑」
「あはは。そうだと良いな〜」
「あ、でもね、ソイツ、口が臭いよ(笑」
「あはははは」
僕たちは、そんな他愛も無い会話を楽しんでいた。
「今日、来てくれてありがとね」
暫くしてから、僕はW子の手を握りながらお礼を言った。
「んーん。私の方こそ、おウチに入れてくれてありがとう」
W子は僕の目を見ながらそう言った。
「早く、こうやって過ごせる時が来ると良いよね・・・」
「うん・・・」
「でもね、問題もあるの」
僕は少し深刻な顔をしてそう言った。
「なぁに?」
W子もそれにつられて真剣な表情になった。
「ネコたちをどっちが引き取るか考えなくっちゃ(笑」
「あははははは、ホントだ〜」
僕もつられて笑ったけれど、
実際問題として、考える事はたくさんあった。
なるべく早い段階で色々考えておかなくちゃな
僕は改めてそう思った。
☆
そうしているうちに、複雑に思っていた気持ちも段々とほぐれ、
気が付くと0時を廻っていた。
「そろそろ帰らなくちゃね。送っていくよ」
そう言って僕はW子の手を取って立ち上がらせた。
「うん・・・」
立ち上がったW子は、まだ帰りたくなさそうだったけど、
僕だってまだ帰したくはなかった。
しかし、お互い翌日はまだ仕事があったし、
まだW子が僕の家に来れるチャンスはあるのだ。
それに
一時の楽しみを優先して、それによってW子の体調が壊れたり、
遅く帰して家の人に僕の印象を悪くされるのは望む所ではなかった。
もちろん「今、その瞬間を楽しみたい」という気持ちはあったけど、
先々の事を考えると、それだけを優先させるワケにはいかなかった。
そう思っていても、僕もなかなか玄関に向かう事が出来ず、
立ったまま、長い間W子を抱きしめていた。
☆
結局、W子を家に送り届けたのは1時過ぎだった。
クルマで15分という距離なのは有り難かったけど
ちょっと遅くなり過ぎちゃったかな?
と、少し反省した。
家に帰るとW子からメールが届いた。
「お家に行くっていうので気持ちが不安定になっちゃうのは確かに怖いの。
でも、うれしかったのもホント。ネコも乗っかってくれたし(笑
ぽんも複雑だったと思うけど、ちゃんと見せてくれてありがとう。
私はその事が一番嬉しい。
大変な事がいっぱいだけど、てくてくいこうね」
ヤバいな。
今度W子がウチに来た時は、嬉しくてもっと遅くまで引き留めちゃうかも・・・
僕はついさっき反省した事をすっかり忘れ、
横に居たネコたちに「オマエら、ちゃんとW子に懐いてくれよな」と言っていた。