16・イヤミ



□2006年12月・2□




「お正月にさ、ヨメさんに仕事の話をするよ」
仕事納めの日、僕はW子とゴハンを食べに行った。




クリスマスの後、
ちょっとした事で僕がW子に対し文句を言ってしまった事もあり


ある意味、仲直りのようなゴハンでもあった。





その日、僕は年末の挨拶も兼ね、問屋街の歳末セールに行っていた。


特別何を売っているワケでも無いのだけど、
アメ横のような派手な賑やかさが無く、
その街独特の雰囲気が好きで、毎年顔を出すようにしていた。




W子は前日に仕事納めが済んでいて既に休みだった事もあり、
「アタシも行ってみたい!」と言ったので、
午後に待ち合わせをし、手を繋いで一緒に問屋街を歩いた。




「このパンプス、やす〜い。1,900円だって!」
W子は、おそらく初めて見る問屋街の光景に喜んでいた。




「あ、ホントだ。サイズは合う?」
「うん、ちょっと大きいけど、中敷き入れれば大丈夫かな」


そんな会話をしていると、露天のおじさんが
「980円にしとくよー」と言ってきた。




わはは、やすっっ




「いい買い物しちゃった♪」
W子は味気ないビニール袋に入ったパンプスを僕に見せ、そう言った。




少しお茶をして、僕は会社に戻る事にした。
「じゃぁ、アタシは少しブラブラしてから行ってるね」


そう言ってW子はいつもの街へ戻っていった。
僕は仕事を終わらせてから、街へ向かう予定だった。





「こないだ行ったお店で良いの?」
仕事を終えた僕は、街で再びW子と会った。


「あ、あのお店? うん。良いよ♪」




そのお店は、
静かで客が少なく、落ち着いて話が出来て
僕のお気に入りの場所だったし、何より隣同士に座れる所が良い。


それまでに何人かと行った事はあったけど、
隣同士に座ったのはW子が初めてだった。




僕は甘いカクテル、
W子はちょっとドライなカクテルで乾杯をした。


「お疲れさま〜」
「お疲れさま〜」






簡単な食事をし、お酒を飲んで、話をする。
僕は1年の疲れを取るようにリラックスしていた。


「あはは、ぽん、とろ〜んとしてきたよ」
W子はニコニコしながらそう言った。


「そう? 少しお酒が回ってきたかなぁ」
「たぶん(笑」





この頃、W子は疲れが溜まっているようだった。




仕事での身体の疲れという物理的な部分もあったけど、
何より「僕との事に対する」疲れが溜まっていた。


それは「僕に対してどうこう」というよりは
子供に対しての部分や、ヨメさんに対しての部分だったと思う。


その疲れ・不安・不満などから、
精神的に切羽詰まった状態になってしまっていた。


そのせいもあり、
僕に対して様々な部分で対応しきれない事が出てきていた。




例えばメール。


僕はW子に
「返信は義務じゃなくて権利だから「返信しなきゃっ」って思わないでね・・・」
と言っていた。


そうしないと
W子の中でメールを返信する事が「作業」になってしまう気がしたのだ。


でもW子は
「忙しい時は送れないけど、でも送る事がアタシは楽しいし、嬉しいの」
と言ってくれていた。




それでも大事な用件はきちんと返信して欲しかったから
「昼に送った○○の件は流すの?」
などと、少しイラついてイヤミを言ってしまったりもした。


自分でも、そんな事を書いても意味が無い事は解っていたけれど
それでも大事な用件に対しての返信が欲しかったし、
W子がどう思っているのかを知りたかった。





W子は
「ぽんがアタシにして欲しいと思っている事を考えると
 アタマがパンクしそうになる時があるの」


と、ある時メールを送ってきた。




それは仕事の事だった。




僕はW子の今の仕事環境に対してハッキリと反対をしていた。
仕事に対して「辛い」と思っていた事
忙し過ぎる事
早い時間に終われない事


そういう事を考えると、部署を変えるか転職した方が良いと思っていた。
本当はそれ以外にも反対していた理由があったのだけど、
それはW子に伝えた事はなかった。*1




でも、W子は
仕事が忙しければ子供の事やヨメさんの事を考えなくて済む
待つ辛さから、気を紛らわす事が出来る


そういった感情から、仕事を変える事が出来なかった。




そうすると僕がまた「なんでまだ続けるの?」と言ってしまう。




つまり、悪循環だったのだ。


W子は僕に対して「仕事の部分で」安心させたかったけれど
そうすると自分自身の辛さが前面に出てきてしまう。
でも、今のままだと僕に文句を言われてしまう
でもどうにもならない


それで「アタマがパンク」しそうになってしまっていたのだ。






「どうすればいいか、わかんないよ・・・」
W子のメールは、その一文で終わっていた。





そのメールを受け取った後、僕はW子に電話をした。


「何をして欲しいかって、W子はどう考えているの?」
「わかんない・・・」
「ん〜、考えてみてよ」
「うん・・・」
「僕は、W子がどう思っているのかを知りたいの・・・」




僕はたぶん少し怒っていたのかもしれない。
そして何より、メールの内容を勘違いしていた。


メールには
ぽんがアタシにして欲しいと思っている「事」を考えると
と書いてあった。
それはつまり「仕事環境を変える事」もしくは「仕事全般の事」を考えると


という事だ。




でも、僕は
「ぽんがアタシに何をして欲しいと思っているかを考えると」
と受け取ってしまったのだ。


つまり、W子は「仕事の事」を明確に書いていたのだけれど
僕は「W子が僕が何をして欲しがっているかが解っていない
と受け取ってしまっていた。




だから「なんで分からないんだよ」
とイラついてしまっていたのだ。


だからこそ
「僕が何をして欲しいのか、W子に考えて欲しい」
と言ってしまったのだ。


それは突き放したワケではなく
W子の気持ちや考えを知りたかったからなのだけど、


その「何か」をちゃんと分かっていたW子にしてみれば
「アタシの思っている事が伝わっていない」と思ったのかもしれない。





翌朝、W子からのメールには
「ぽんの言っている事*2、わかるの。こんな事してても何にもならないって。
 どうにもならない自分が悔しいし。
 でもね、今はムリヤリ強気にはなれない、かな。ちょっと、トーンダウンしていたい。
 ぽんが心配になっちゃうような事はしないけど、もう少しだけ流れに任せさせてね」


と書いてあった。




僕はW子の言っている事は良く分かったし、理解もしていた。
でも、どうしても納得のいかない部分もあり*3、返信にイヤミが混じってしまった。




「何もならない って良く分かってるじゃん。あははは。
 トーンダウンしている間に、他の女の子に取られちゃうかもよ?(笑
 心配になっちゃうような事、しちゃダメに決まってるでしょ〜
 そんな事したら、どうなるか想像すると良いにゃぁ」


「笑」とか「にゃぁ」とかで言葉を濁しはしたけれど
W子には僕が怒っている事や、イヤミが混じっている事が伝わったかもしれない。




でも、僕は怒っていたというワケではなかった。


トーンをあげて欲しかったし、
もちろん他の女の子になんて興味が無かった。
「心配になっちゃうような事」なんて、絶対にしてほしくなかった。


そんなW子に対する想いでいっぱいだった。


でも、それを素直に出す事が出来ず、
「イヤミ」というカタチを取ってしまったのだ。





そんなギクシャク感を感じ取ったから


少しでもW子に安心してもらいたいと思い、
「お正月にさ、ヨメさんに仕事の話をするよ」
という事を伝えたのだ。




僕はちゃんと前に進むから、安心して欲しい
トーンを戻して欲しい
二人で頑張って行きたい
イヤミなんて言いたくない。
素直な気持ちを伝えたい。




そんな想いをW子に伝えたかった。

*1:その「理由」は後日書きます

*2:仕事に対しての事

*3:メールの意味を勘違いしていたから