16・イヤミ
□2006年12月・2□
「お正月にさ、ヨメさんに仕事の話をするよ」
仕事納めの日、僕はW子とゴハンを食べに行った。
クリスマスの後、
ちょっとした事で僕がW子に対し文句を言ってしまった事もあり
ある意味、仲直りのようなゴハンでもあった。
☆
その日、僕は年末の挨拶も兼ね、問屋街の歳末セールに行っていた。
特別何を売っているワケでも無いのだけど、
アメ横のような派手な賑やかさが無く、
その街独特の雰囲気が好きで、毎年顔を出すようにしていた。
W子は前日に仕事納めが済んでいて既に休みだった事もあり、
「アタシも行ってみたい!」と言ったので、
午後に待ち合わせをし、手を繋いで一緒に問屋街を歩いた。
「このパンプス、やす〜い。1,900円だって!」
W子は、おそらく初めて見る問屋街の光景に喜んでいた。
「あ、ホントだ。サイズは合う?」
「うん、ちょっと大きいけど、中敷き入れれば大丈夫かな」
そんな会話をしていると、露天のおじさんが
「980円にしとくよー」と言ってきた。
わはは、やすっっ
「いい買い物しちゃった♪」
W子は味気ないビニール袋に入ったパンプスを僕に見せ、そう言った。
少しお茶をして、僕は会社に戻る事にした。
「じゃぁ、アタシは少しブラブラしてから行ってるね」
そう言ってW子はいつもの街へ戻っていった。
僕は仕事を終わらせてから、街へ向かう予定だった。
☆
「こないだ行ったお店で良いの?」
仕事を終えた僕は、街で再びW子と会った。
「あ、あのお店? うん。良いよ♪」
そのお店は、
静かで客が少なく、落ち着いて話が出来て
僕のお気に入りの場所だったし、何より隣同士に座れる所が良い。
それまでに何人かと行った事はあったけど、
隣同士に座ったのはW子が初めてだった。
僕は甘いカクテル、
W子はちょっとドライなカクテルで乾杯をした。
「お疲れさま〜」
「お疲れさま〜」
簡単な食事をし、お酒を飲んで、話をする。
僕は1年の疲れを取るようにリラックスしていた。
「あはは、ぽん、とろ〜んとしてきたよ」
W子はニコニコしながらそう言った。
「そう? 少しお酒が回ってきたかなぁ」
「たぶん(笑」
☆
この頃、W子は疲れが溜まっているようだった。
仕事での身体の疲れという物理的な部分もあったけど、
何より「僕との事に対する」疲れが溜まっていた。
それは「僕に対してどうこう」というよりは
子供に対しての部分や、ヨメさんに対しての部分だったと思う。
その疲れ・不安・不満などから、
精神的に切羽詰まった状態になってしまっていた。
そのせいもあり、
僕に対して様々な部分で対応しきれない事が出てきていた。
例えばメール。
僕はW子に
「返信は義務じゃなくて権利だから「返信しなきゃっ」って思わないでね・・・」
と言っていた。
そうしないと
W子の中でメールを返信する事が「作業」になってしまう気がしたのだ。
でもW子は
「忙しい時は送れないけど、でも送る事がアタシは楽しいし、嬉しいの」
と言ってくれていた。
それでも大事な用件はきちんと返信して欲しかったから
「昼に送った○○の件は流すの?」
などと、少しイラついてイヤミを言ってしまったりもした。
自分でも、そんな事を書いても意味が無い事は解っていたけれど
それでも大事な用件に対しての返信が欲しかったし、
W子がどう思っているのかを知りたかった。
☆
W子は
「ぽんがアタシにして欲しいと思っている事を考えると
アタマがパンクしそうになる時があるの」
と、ある時メールを送ってきた。
それは仕事の事だった。
僕はW子の今の仕事環境に対してハッキリと反対をしていた。
仕事に対して「辛い」と思っていた事
忙し過ぎる事
早い時間に終われない事
そういう事を考えると、部署を変えるか転職した方が良いと思っていた。
本当はそれ以外にも反対していた理由があったのだけど、
それはW子に伝えた事はなかった。*1
でも、W子は
仕事が忙しければ子供の事やヨメさんの事を考えなくて済む
待つ辛さから、気を紛らわす事が出来る
そういった感情から、仕事を変える事が出来なかった。
そうすると僕がまた「なんでまだ続けるの?」と言ってしまう。
つまり、悪循環だったのだ。
W子は僕に対して「仕事の部分で」安心させたかったけれど
そうすると自分自身の辛さが前面に出てきてしまう。
でも、今のままだと僕に文句を言われてしまう
でもどうにもならない
それで「アタマがパンク」しそうになってしまっていたのだ。
「どうすればいいか、わかんないよ・・・」
W子のメールは、その一文で終わっていた。
☆
そのメールを受け取った後、僕はW子に電話をした。
「何をして欲しいかって、W子はどう考えているの?」
「わかんない・・・」
「ん〜、考えてみてよ」
「うん・・・」
「僕は、W子がどう思っているのかを知りたいの・・・」
僕はたぶん少し怒っていたのかもしれない。
そして何より、メールの内容を勘違いしていた。
メールには
「ぽんがアタシにして欲しいと思っている「事」を考えると」
と書いてあった。
それはつまり「仕事環境を変える事」もしくは「仕事全般の事」を考えると
という事だ。
でも、僕は
「ぽんがアタシに何をして欲しいと思っているかを考えると」
と受け取ってしまったのだ。
つまり、W子は「仕事の事」を明確に書いていたのだけれど
僕は「W子が僕が何をして欲しがっているかが解っていない」
と受け取ってしまっていた。
だから「なんで分からないんだよ」
とイラついてしまっていたのだ。
だからこそ
「僕が何をして欲しいのか、W子に考えて欲しい」
と言ってしまったのだ。
それは突き放したワケではなく
W子の気持ちや考えを知りたかったからなのだけど、
その「何か」をちゃんと分かっていたW子にしてみれば
「アタシの思っている事が伝わっていない」と思ったのかもしれない。
☆
翌朝、W子からのメールには
「ぽんの言っている事*2、わかるの。こんな事してても何にもならないって。
どうにもならない自分が悔しいし。
でもね、今はムリヤリ強気にはなれない、かな。ちょっと、トーンダウンしていたい。
ぽんが心配になっちゃうような事はしないけど、もう少しだけ流れに任せさせてね」
と書いてあった。
僕はW子の言っている事は良く分かったし、理解もしていた。
でも、どうしても納得のいかない部分もあり*3、返信にイヤミが混じってしまった。
「何もならない って良く分かってるじゃん。あははは。
トーンダウンしている間に、他の女の子に取られちゃうかもよ?(笑
心配になっちゃうような事、しちゃダメに決まってるでしょ〜
そんな事したら、どうなるか想像すると良いにゃぁ」
「笑」とか「にゃぁ」とかで言葉を濁しはしたけれど
W子には僕が怒っている事や、イヤミが混じっている事が伝わったかもしれない。
でも、僕は怒っていたというワケではなかった。
トーンをあげて欲しかったし、
もちろん他の女の子になんて興味が無かった。
「心配になっちゃうような事」なんて、絶対にしてほしくなかった。
そんなW子に対する想いでいっぱいだった。
でも、それを素直に出す事が出来ず、
「イヤミ」というカタチを取ってしまったのだ。
☆
そんなギクシャク感を感じ取ったから
少しでもW子に安心してもらいたいと思い、
「お正月にさ、ヨメさんに仕事の話をするよ」
という事を伝えたのだ。
僕はちゃんと前に進むから、安心して欲しい
トーンを戻して欲しい
二人で頑張って行きたい
イヤミなんて言いたくない。
素直な気持ちを伝えたい。
そんな想いをW子に伝えたかった。