17・イヤミ2



□2006年12月・3□


ゴハンを食べ、お酒を飲み、リラックスし、
「お正月にさ、ヨメさんに仕事の話をするよ」
と伝えた。




随分と遅くなっちゃったけど、これでやっと一歩前進だな
と僕は思っていた。





そもそも、なんでここまで時間がかかったかというと
それは単にタイミングの問題だった。


実際に仕事の問題が発生したのは2月だったのだけど、
その時に言わなかったから、どのタイミングで言うか考えていた。


何も無い時にいきなり言っても「なんで突然?」となるだろうし、
そう考えると「お正月」というのはキッカケとしては良いように思えた。




「話しをして、それで様子を見て、ちゃんと6月までには終わらせるから」
僕はテーブルの下で繋いだ手に力を込めてW子に言った。


「うん」
W子はそう返事をした。




「だから安心して待っててね」
「うん」
「ちゃんとW子のトコロに帰ってくるから」
「うん」
「だからW子も大事な事はちゃんと伝えてね」
「うん」
「心配になっちゃうもん」
「うん」




お店を出ると「アタシはタクシーかなぁ」とW子が言った。
その街からW子の家まで、タクシーなら10分とかからない距離だった。
時間から考えるとその方が確かに楽だった。


僕とW子は大通りに出て歩いていた。
「ぽんのバスは?」
「そろそろ終バスかなぁ」
「そっか。じゃぁアタシあっち側に行くね」


そう言ってW子は信号を渡り道の反対側に向かった。
僕はW子がタクシーに乗り込む姿を確認し、バス停に向かった。




バスに乗ると、W子からメールが届いた。
「今日はありがとう。楽しかった〜 おなかも心も満足」




良かった、満足って思ってもらえて。
ちゃんと話をしていけば、大丈夫だよな。


僕は改めてそう思った。





イヤミなんて言いたくない。
そう思っていても、言ってしまう事もある。




「ちゃんと話をしていこう」
そう思ったけど、たった二日で僕はまたイヤミを言ってしまった。






年末に、僕はクルマで会社に荷物を取りに行く事になっていた。




毎回の事だけど、
休みの日にクルマで会社に行く時は必ずW子と一緒に行っていた。


近くの駅で待ち合わせをし、W子をクルマに乗せ、僕の会社へ。
用事を済ませ、W子を家まで送る。


そんな1、2時間の事だけど、
僕はそういうチャンスを逃したくなかった。


せっかくのチャンスならば10分でも1時間でも、
逢える時に逢いたいと思っていたし、
時間の許す限り、より長い時間逢っていたかった。




だからその日
「ごめん、寝てた」というW子の一言に怒ってしまったのだ。





W子は午前中に用事があり
「1時間くらい横になってて良い?」とメールをしてきた。


僕が家を出る予定の時間まで余裕があったし、
「うん、ゆっくり寝ていてね〜」と返信した。




でも、
1時間経っても2時間経ってもW子からメールは来なかった。


疲れて寝ちゃってるんだろうなぁ・・・
と思ったけれど、


「年内に逢える最後のチャンスなのに、なんでまだ寝てるの?」
という感情の方が強かったのだ。




僕は適当に理由を付けて家から外に出て、
W子に電話をした。




「まだ寝てるの?」
僕は最初から言葉が荒かった。


「ごめん、寝てた・・・」
「どの位で準備出来るの?」
「15分くらい」
「駅までは?」
「40分くらいかなぁ・・・」
「じゃぁ急いでよ」
「はい」




ダメだ、怒っちゃダメだ
そうアタマでは思っていたけど、どうしてもココロが怒ってしまっていた。


僕は怒っていたけど、それでも逢いたかった。
逢って顔を見たかったし、話しもしたかった。
「もう怒ったりしないから」と言って、抱きしめたかった。


そんな怒りなんて全部許せてしまうくらい、
僕はW子を大事に想っていたのだ。






そんな事くらいで怒って、勢いでケンカになんてなりたくなかった。
「ちゃんと話しをしなくちゃな」


僕はそう思いながら家を出た。





W子は小走りに車の所へやってきた。


僕は殆ど無言で車を走らせた。
怒りたくなんて無いけれど、それでも機嫌が悪かった。


疲れてるのも知ってたし、
人間、起きれない時があるのも知っていたけど


それでも僕は我慢が出来なかった。


もっと長い時間、逢っていたいのに、なんで寝過ごしちゃうの?
もちろん、根本的な原因は僕にある事はわかっていた。




僕が独身だったら、何の問題も無いのだ。


平日だって「そろそろ帰らなきゃ」と強迫観念にかられる事もなく
休日だって「誰々たちと会ってくる」と理由をつけて出掛ける必要もない


ヨメさんがお風呂に入ってる時にかける電話だって
「ごめん、P子がグズりだしちゃった」と切る事もなかった。




僕は、自分の事を棚にあげ、W子に対して文句を言おうとしていた。


それは「サッサと離婚が出来ない自分自身への苛立ち」と
「僕が「家」で身動きが取れない時は、W子に時間を作ってもらいたい」という
ワガママやら身勝手やら希望やらが入り混じった感情だった。




「何か言う事ないの?」
僕は隣で俯いているW子に言った。


「ごめんなさい・・・」
W子は沈んだ声でそう答えた。




そんな声を聞きたいワケじゃない
そんな顔を見たいワケでもない


明るい声を聴きたい
明るい笑顔を見たい




でも、僕は言葉を進めてしまった。


「年内に逢えるの、最後なのにさぁ・・・」
「うん」
「逢いたくないの?」
「そんな事ない」
「頑張ってる姿、見えてこないよ・・・」
「頑張ってるもん」
そう答えたW子の目には、いっぱいの涙が溜まっていた。





落ち着いて話が出来たのは、
W子の家の近くに車を停めた時だった。


「W子が頑張ってるのはわかるよ」僕はW子の方を向きながらそう言った。
「うん」
「でも、なかなか見えて来ないと、不安になっちゃうの」
「うん」
「僕はさ、単純だからスタンスだけでも良いの」
「スタンス?」
「うん。つまりさ、今日、寝過ごしちゃったでしょ?」
「うん」
「その時にさ、「寝てた」ってだけじゃなくて「起きようと思ったけど寝過ごしちゃった」
 っていう一言があれば良いの」
「どう違うの?」
「んー、「起きようと思った」って部分。つまり気持ちの部分みたいな事」
「うん」
「もちろん、W子がそう思ってるのはわかるけど、言葉で欲しいの」
「うん」
「僕はさ、小心者だから言葉とか意気込みみたいのが無いと、不安になっちゃうの」
「うん。アタシ、まだ言葉が少ないんだよね」
「ん、、、ちょっと少ないかな(笑」
「例えばさ、残業で逢うのが遅くなる時もあるじゃない?」
「うん」
「そういう時も、「遅くなっちゃった」だけより「終わらそうとしたけど、遅くなっちゃった」
 みたいな一言が欲しいの」
「でも、それって言い訳でしょ?」W子は不思議そうな顔でそう言った。
「うん。上手く言えないけど、言い訳で良いの。それで気持ちが分かるなら」
「うん、頑張ってみるね」





「今日、ごめんね」
W子は僕の膝に頭を載せてそう言った。


「んーん。僕も怒っちゃってごめんね」
「ううん アタシが悪かったんだもん」
「いや、僕のココロが狭いんだよ、きっと(笑」
僕はW子の頭を撫でながらそう言って笑った。




W子はまだ落ち込んでいたけど、
それでも少し落ち着いたように思えた。


僕の中の怒っていた気持ちは消えていた。


「お正月、ちゃんとヨメさんに話をするね」
僕は改めてそう言った。


「うん」
「だから、安心して待っててね」
「うん」
「悪い仔にしてちゃダメだよ?(笑」
「イイ仔だもーん」
そう言ってW子は笑顔を見せた。





W子を家まで送り届け、僕は家に戻った。


帰り道、W子からメールが入った。


「アタシはさ、どうしようもないところがたくさんあるけど
 ちょっとずつ直していくので、これからもよろしくお願いします」




うん。信じてる。
これからも頑張って行こうね。
僕も頑張るから。





僕はそう思いながら、
ちょっと意地の悪いメールを返信した。


「ほ〜 信じるよ? 信頼を裏切るなよー
 このメール、保存しとくから、覚えとけー
 あ、あげた本、忘れてったろ。欲しければ土下座してお願いするんだな。
 ☆
 今年一年、ありがとう
 来年もよろしくね〜」