33・終止符



□2007年2月・4□


「そろそろ帰ろうか」
時計は22時をとっくに過ぎていたし、
W子は家でゴハンを食べるのなら、もう帰らなくてはならなかった。


「改札まで送るよ」
僕はW子にそう言って歩きだそうとした。


しかし、W子はそこから動こうとせず、首を振るだけだった。




「どうしたの?」
僕は不思議に思い、そう聞いた。


「先に帰っていいよ」W子はそう言った。




「帰らないの? 改札まで送るよ」
僕はせめて改札くらいまでは送りたかったけれど
W子は「いい」と言ってまた首を振った。




僕はふと思いついた事を口に出した。




「ひょっとして、その彼と待ち合わせでもしてるの?」
「・・・・・・・」


W子は沈黙という手段で僕の質問に答えた。




「早く帰らなくちゃいけないんじゃないの?
 それなのにこれから会うの?」


「そうじゃない」W子は簡単にそう言った。


「なに、一緒に来たの?ここまで」
「・・・・・・・・」




やれやれ。
W子は僕と会うのに、新しいオトコと一緒に来たのだ。




勘弁してくれよ・・・




それが僕の正直な感想だった。


お店に入らないのも、地元駅に行かないのも、
彼が付いてきたからだったのだ。






「で、なに。その彼はどっかからこの景色を見てるんだ。ははは」
僕は疲れきった笑いを吐き出した。




僕はW子の側に戻った。
そして僕たちの方を見ていそうな人がいるかどうか辺りを見回した。




W子は「探さなくて良いよ」という顔をしたけど、
そんなの知ったことではない。


「どれ?」
「言わない」
「ふ〜ん。あ、あれかな?」
「ちがう」
「そう? こっちをチラチラ見てるよ(笑」
「ちがう」
そう言ってW子は否定した。


「ま、誰でも良いんだけどさぁ、正直きっついよ」
そう言って僕は天を仰いだ。


「やれやれ」という気分の時、
天を仰ぐ仕草というのはドラマや演劇なのではあるけれど、
まさか自分自身でそれを実行するとは思わなかった。


人間、本当に天を仰ぐ事があるのだ。




「じゃぁ何? 遅くなったのは待ち合わせしてたから?」
「そうじゃない」
「違うの? あ、そうか。同じ会社だもんね(笑」
「・・・・・・」
「ははは。で、なに? これからデートなの? 家に帰らなきゃとか言いながら」
「家に帰るよ」
「へー。そうなんだ。」


W子は黙ったままだった。




「ま、彼の気持ちも分かるけどさ。
 せっかく奪い取ったのに、前のオトコと会うんだもん。
 そりゃ心配して付いてくるよね。
 でも、キツいよ、それ」


僕はW子を見ながらそう言った。
彼女は相変わらず下を向いたままだった。





「じゃぁ、ホントそろそろ帰るね」
W子がその場所から動こうとしない以上、僕が先に帰るしかなかった。


ここで僕があまり粘っても
W子が帰る時間も遅くなってしまうのだ。




「ねぇ、彼との付き合いって、僕とかぶってたの?」
僕はふと思いついて聞いてみた。


「んーん、かぶってないよ」
「そっか。じゃぁ翌日からか(笑」
「・・・・・違うよ」
「ふ〜ん。でも翌日には会ってたでしょ」


W子は何も答えなかったけど、僕にだってその位の事はわかる。


別れ話を出した翌日に会っていた事。
そして報告をしていた事。
その報告を経て、2回目の別れ話をした事。


それ以前に、W子をヨメさんに会わせる日程が決まったメールをした日、
つまり0時までW子が帰って来なかった日にも、きっと会っていた事。


そしてヨメさんと会わせた日の数日後にも会っていた事。




僕にだって、そのくらいの事は分かる。






そう考えると、一体この1年は何だったんだろう?
という気持ちになった。


そして、
初めてW子の「僕に対する気持ち」に対して疑問を持った。




W子はいつまで僕の事を愛していてくれたんだろう。
年明け?
クリスマス?
11月?
10月?


全てはウソだったんだろうか?




僕の心の中は、そんな疑心がうごめいていた。


「ねぇ、最後に一つだけ聞いて良い?」
僕は下を向いたままのW子に聞いた。


「なに?」








「あのさ、僕の事、ちゃんと愛してくれてた?」


本当はそんな事を聞くまでもなかったのだ。
確かにW子は僕を愛してくれていたのだ。




でも、


でも、その時の僕は何もかもが分からなくなっていた。




W子は下を向いたまま、黙って頷いた。




それは肯定の仕草だったけど、
僕は言葉で聞きたかった。


最後に一言だけ「愛してたよ」というコトバが聞きたかった。
それを聞くことが出来れば、僕はそこで終止符を打つ事が出来た。




「ちゃんと目を見て言ってよ・・・・」


僕がそう言うと
W子は上を向いて僕の顔を見た。