34・ありがとう
□2007年2月・5□
「あのさ、僕の事、ちゃんと愛してくれてた?」
W子は下を向いたまま、黙って頷いた。
それは肯定の仕草だったけど、僕は言葉で聞きたかった。
最後に一言だけ「愛してたよ」というコトバが聞きたかった。
それを聞くことが出来れば、僕はそこで終止符を打つ事が出来た。
「ちゃんと目を見て言ってよ・・・・」
僕がそう言うと
W子は上を向いて僕の顔を見た。
僕を見上げたW子の目には、うっすらと泪が浮かんでいた。
泪?
僕はその目を見て、一瞬気圧されたようにひるんだ。
そして、W子は半笑いで口を開いた。
「もうこれ以上、苦しめないで」
☆
ショックだった。
ただ、純粋にショックだった。
確かに僕は
子供の事や行動の事で彼女に辛い思いをさせていた。
しかしW子は
僕という存在全てに対して苦しみを感じていたのかもしれない。
その真偽は分からないが、その一言は僕にそう認識させた。
僕は何も言えなかった。
一体、そこで何を言えるだろう。
僕が黙っているとW子はコトバを続けた。
「なんで一緒に来たか分かる?
私が頼んで、ついてきてもらったんだよ!
辛いの。顔を見るのが辛いの!」
そしてW子はまた泪を流した。
☆
あぁ、そうか
やはりW子は僕の全てが辛くなってしまったんだ。
僕という存在
僕に付随する存在
僕と過ごした時間
僕に係わる全ての事が、彼女にとっては苦痛なのだ。
愛していてくれたからこそ、
彼女は苦しみ、悩み、結論を出し、
その結論を出した事にも苦しみ
それでも会いに来てくれて
それなのに僕は何も分かっていなくて。
僕を愛してくれたからこそ
P子の事を愛し、不幸にさせられないと思い、
僕と関係を続けるという事は
P子を僕から引き離すという事で
だからこそ、僕との関係を終わらせる事を選んだのだ。
きっと、自分とP子を重ね合わせもしただろう。
それは、
どれだけ苦しかった事だろう。
その苦しみから逃れたW子を、
どうして責められるだろう。
僕は、
「ごめん・・・ そうだよね。ごめん」
そう言うのが精一杯だった。
☆
「じゃぁ、帰るね」
W子が落ち着くと僕はそう言った。
「うん。私も帰るから」
「じゃぁね・・・」
そう言って、僕は振り向き、歩き出した。
少し歩くと、僕は後ろを振り向きたい衝動にかられた。
でも、出来なかった。
後ろを振り向いたら
W子が彼に抱きついて泣いている姿を見てしまうような気がした。
だから僕は振り向かなかった。
だから僕は振り向けなかった。
僕はただ真っ直ぐ歩いた。
何も考えず、何も想像しないように歩いた。
僕は「今のこの状況」を思考から外した。*1
今、僕は「ただ駅に向かって歩いているだけ」だ
☆
とりあえず、家に帰ろう。
W子と交わした約束もある事だし、とりあえず家に帰ろう。*2
僕は何も考えずに電車に乗り、バスに乗り、家に帰った。
「ただいま」
疲れた声でそう言うと、
ヨメさんが子供を抱っこして居間から顔を出した。
「あ、おかえりなさい」
結局、
僕はこの場所に戻ってきてしまった。
この場所は、僕の居場所では無いだろうけど、
それでも、結局は戻ってきてしまった。
「僕の人生は、結局このままだんだろうか」
そう思いながらP子の顔を見た。
P子はそんな僕の心境など分かる訳もなく、
キャッキャと言いながら笑っていた。
☆
その夜、僕はW子にメールを送った。
「今日じゃないと伝える意味が無さそうなので・・・
この先、どんな状況になったとしても、P子だけは不幸にさせない。
P子と、名前をくれたW子と、僕自身のために、それを約束するね・・・」
☆
ありがとう、W子。
いままで、本当にありがとう。
愛してるよ、W子。
愛してたよ、W子。
そして、僕は久しぶりに眠りについた。
ゆっくりと、
ゆっくりと深い眠りについた。