35・CROSS LINE



□2007年2月・6□


一晩明け、僕はモヤモヤとした気持ちではあったけど、
少しだけスッキリしていた。




それは「諦めよう」と思った事により
「悩み、苦しむ事」から逃げ出す事が出来たからだった。




他に好きな人が居るW子を想い、
それでも追い続ける辛さから、僕は逃げ出したのだ。




或いはそれは正しい事なのかもしれないし、
ある意味に於いては「まっとう」な事なのかもしれなかった。


でも、僕にとっては「逃げ出した」という感覚の方が強かった。




そういった、
自分自身に対する敗北感や罪悪感があったけど、


それでも、少しだけ気持ちが楽になったのは確かだった。





僕はこのまま一生を終えていくんだろうか。
この家で、この顔ぶれで一生を過ごすのだろうか。
まぁ、それも仕方ない事なんだろうか。





しかし、そう簡単に事態は終わらなかった。






「諦めよう」




そう思った僕の頼りない決心は、
24時間経つ事もなく、崩れ去る事になった。





その電話は
かなり長い付き合いの女友達からだった。




彼女は僕の状況をある程度知っていたし、
W子との経緯も、ある程度は知っていた。




その友達が
僕が家に居る時に電話してきたのは珍しい事だった。


僕の女友達は、まず電話をしてこない。
ウチの状況を知っているからだ。




もちろんその友達も熟知していたけれど、
それでも電話をしてきたという事は、余程の緊急事態なのだろう。




僕はそう思い、電話を取った。





「あたしさぁ、彼を追いつめちゃってるのかなぁ」
友達は、開口一番そう言った。




「追いつめてる?」僕は聞き返した
「うん。色々と話をしようとしても、何か返事がアヤフヤっていうか」
「あぁ、そういう事か。きっとね、言いたいけど、言えないんだよ」
「どういう事?」
「んとね、言うのが怖いんだよ。何か文句を言われそうで」
「そうなのかなぁ。まぁ言うけどさぁ(笑 」
「きっとね。きちんと言いたい事を言わせてあげた方が良いよ」
「うーん・・・」彼女は悩んで唸っていた。


「でもさ、彼の話とか聞いてると、たまにイライラするんだよね・・・」
そう言って彼女は電話の向こうで苦笑した。


その気持ちは僕にも良く分かった。


「でもね、言わせてあげないと、彼はパンクしちゃうよ」
「あはは。でもアタシもパンクしちゃうよ、聞いてるだけだと」
「それでも、何も言わずに聞いてあげないと、取り返しのつかない事になっちゃうよ(笑」


そう言って、僕はW子との経緯を彼女に話した。





それは驚くほど、友達の状況と似ていたのだ。
僕はW子を追いつめ、何も言えなくしてしまっていた。


自分の要求だけを伝え、W子の気持ちとか考えを聞けていなかった。




僕は友達にアドバイスをしながら、
自分自身に言い聞かせをしていた。




そうだ、全ては僕が悪いのだ。




確かにP子の事は大きな原因ではあっただろう。


でも、
根本的な問題は僕にあったのだ。




僕は友達と話をしながら、
フツフツと心の奥底からわき上がってくる感情に気が付いた。






諦められるわけがないと。





諦めよう


そう思ったけれど、そう簡単に諦められるワケがなかった。




そんな簡単に諦められる相手なら、
僕は最初から惚れ込んだりしなかった。




そんな簡単に諦められる相手なら、
僕は自分でも信じられないくらい、一途になりはしなかった。




そんな簡単に諦められる相手なら、
離婚だって考えようともしなかった。




僕にとって、W子はそんな簡単な相手ではないのだ。




たかが「今、彼氏が居る」というだけの事で
諦められる相手ではないのだ。*1




W子にとっては「終わった事」かもしれないけれど、
僕にとっては「まだ終わっていない事」なのだ。






僕にとっての「終わり」は、
僕の気持ちが冷め、本当にW子の事を諦める時なのだ。









CROSS LINE。線と線が交わる事。




幾つかのココロが交わって、
幾つかのキモチが消え去っていった。








結局、クロスするということは


遠くにあった二つの「線」が交わって
そして、そこからまた離れてしまうという事だ。




クロスしている場所というのは、
「線」と「線」が交差した「点」でしかない。




その点は二次元で考えれば「点」でしかない。


でも、
三次元で考えれば、そこには「時間」という軸が加わる。
その時間軸は3ヶ月かもしれないし、50年かもしれない。




今回、僕とW子の間に横たわった時間軸は1年だった。


1年という時間を経て、
交わった線は、また離れていった。




この先、僕がどうなるかまだ解らない。




僕はこの通りロクデナシだし、
マトモな人間ではない。




W子は、
もう僕の横にも前にも後ろにもいない。




それでも
僕は、まだW子を愛している。




離れてしまった「線」を
僕はまだ追い求めようとしている。




それは間違った事かもしれない。
それは正しい事かもしれない。




でも、
このままでは、僕は後悔するだろう。




考えよう。
時間はたっぷりある。




どうせW子は僕の横にいないのだ。


焦る事は無い。





もう一度言おう。


W子は、もう新しい生活を送っている。
新しい相手と新しい恋をして、新しい笑顔を手に入れている。








それでも。




それでも、僕はW子を愛している。

*1:P子の問題はあるけど