17・トラブル



□2007年2月・21□


そう考えると、
高校時代のトラブルにも納得が行くような気がした。




おそらく、
僕は知らず知らずのうちに、周りを見下していたのだろう。





僕が通っていた高校というのは、
その時代の例に漏れる事なく、無気力を絵に描いたような学校だった。


公立高校だった事もあり、校風は自由で校則も厳しいものではなかった。
そもそも「自由を尊重する」というのが当時の校風だった。


それは、本来は「自由には責任がつきまとう」という意味合いがあるのだが、
生徒の大半は「好き勝手やって良い学校」と捉えていた。




とにかく、そんな理由から
好き勝手に、無気力で、何に対しても頑張らないのがカッコイイ
といった雰囲気の学校だったのだ。




僕は別に高尚な目標があったワケでも無かったが、
その雰囲気に馴染む事はなかった。


頑張らない事をカッコイイと思った事は無かったけれど、
かといって頑張る事に美徳を見いだしていたワケでもなかった。


ただ、やりたい事があればやっていただけで、
そこには使命感や責任感は無かった。




だから僕が部長や委員長をしていたのも、
「誰がやる? えー、おまえやれよー」みたいな押し問答が馬鹿馬鹿しかったからで、
"長"になりたかったワケではなかった。


もっとも、やるからには手を抜く気はなかったし、
自分自身の能力を知る、良いチャンスにはなった。




僕としてはやりたい事をやっていただけで、
その延長として先輩・後輩との付き合いが増え、
その脇道として飲み会だったり、タバコだったり、バイク通学があっただけだった。




しかし、結局のところ
僕のそういった放漫さ(と周囲は捉えた)がトラブルの素だったのだろう。




同学年とはあまり付き合わず、
私服・バイク通学をし、
飲酒・喫煙なんでもござれで
それでいて出席は皆勤賞で
部長と委員長を掛け持ちしている。


つまり、生意気でムカつくヤツだったワケだ、僕は。
だからこそ、学校の裏にある神社に呼び出されたのだ。





「で、ぽんさんはどうしたんですか? その時」
K子は僕の話を一通り聞き終えてからそう言った。


「どうもしないよ、勝てるワケないもん」
「やってみないとわかんないですよ?」K子は笑いながらそう言った。


「ムリだって。だって15人位いたんだよ? 中には剣道やら空手の有段者だって居るし(笑」
「えー、じゃぁどうしたんですか?」
「されるがまま。殴られて終わりだよ(笑」
僕はアッサリとそう言った。相手になるワケがない。
一対一でだって怪しいのだ。


「そうなんですか? ちっとも手を出さずに?」
「んー、何発か殴り返したけど、火に油だったかな(笑」
「あはは、そうなんだ」
「そんなもんだよ。あ、でもね、「顔はやめろよ、コンタクトが落ちるから」って言ったら、
 もんのすげぇ怒ってた」


「ぽんさん、なんでそういう小馬鹿にした事を言うんですか(笑」
K子は笑いながらそう言った。


言われてみればその通りだった。
その瞬間、僕の中では「殴られる」<「コンタクトが落ちる」って事で、
ボコボコにされている事に対して、まったく動じていないと思われたのだろう。






「それで、結局どうなったんですか?」K子は少し心配そうに尋ねた。
「結局? 生意気でごめんなさい って言ったよ(笑」
「謝っちゃったんですか?」
「うん、面倒だったから(笑」
「で、生意気な自分を悔い改めたんですか?」
「まさか。翌日だって元気に私服登校だよ(笑」
「ダメじゃないですか!!!」
「あははは。だってそこで制服になったら負けじゃん(笑」
「いや、最初に謝ってるじゃないですか(笑」
「まぁ、そうだけどさ」僕はそう言って笑った。




「その後は呼び出しは無かったんですか?」
「うん、無かったけど嫌がらせは続いたねー」
「どんな風に?」


僕は当時の事を思いだした。
「そうだなぁ。ロッカーの扉は大抵ベコベコだったかな(笑」
「えー。ちゃんと使えたんですか?」
「ちっとも。毎日裏から叩いて直してたよ(笑」


「他には?」
「んー、その呼び出しに加わってないヤツが、すれ違いざまに「また呼び出すぞ」って言ってきたり」
「へ〜。でもやっぱりぽんさんは動じないんでしょ?」
「まぁね。その時思ったよ。「コイツはクソだ」って(笑」
「ヒドっっ」
「だってそうじゃない? 第三者に言われる筋合いなんて無いもん。
 関わってないのに、そんな部分で勝ち誇るヤツなんてクソだよ、クソ(笑」
「あははは。ぽんさん、口わるーい」


「ははは。でもね、その頃からかな、僕がいつでも笑ってるようになったのは」
「どういう事ですか?」
「んとね、そこで制服に戻ったり、生活を変えたり、暗い顔をしてたら負けじゃん。
 だから絶対に毎日笑って、私服通学も続けよう って思ったの」




「ふ〜ん。ね、ぽんさん」
K子は少しマジメな顔になって僕を見た。


「なぁに?」
「それって普通はイジメって言うと思うんですけど・・・」
「あ、そうなの?」僕はキョトンとした顔でそう答えた。


「うん、言うと思うけど、ぽんさんは全く気にしてないんですね(笑」
「そんな事ないよ」
「何か気にしたりしたんですか?」
「うん。殴られた後は口内炎が痛くってさ。早く治らないかなー って」
「あははははは」K子は大笑いした。
「笑い事じゃないよ。僕、お昼はパンだったからさ、食べにくくて(笑」
「あははははは」K子はまた大笑いをした。





「でもね、不思議なもんでさ」僕は少し間を置いてから話し出した。
「不思議って、何がですか?」K子は僕を見ながら聞き返した。


「うん。その殴られてる間さ、もちろん当事者なんだけど、第三者のような気がしたの」
「どういう事ですか?」
「んー、うまく言えないんだけど、別の世界の出来事みたいな感じ」
「別の世界・・・・」
「妙に冷静だったの。あー、殴られてるよ、コイツ みたいな感じに」
僕はそう言って笑った。


「んー、他にもそういう感覚になる事ってあります?」
K子は何かを探るように聞いてきた。


「そうだなぁ。子供の頃、親に叱られた時とかそうかな」
「その時はどんな感覚でしたか?」
「怒られてるのは僕なんだけど、全く耳に入ってこなかったかな。
 その自分の姿を、違う場所から見てたような感じがする」




「んー、やっぱり厄介ですね、ぽんさんは」
そう言ってK子は僕の手を取った。