人生劇場



ちょっとねぇ




ひっさびさにグロくて汚泥のような人生劇場に立ち会ってしまったんですよ。


書こうかどうか悩んだんだけど、
きっと僕的には忘れてはいけない内容な気がするので書くことにします。




暗いし、新年早々に読むような内容ではないので、
おとそ気分の方は読まない方が良いと思います。




□登場人物が異様に多いです□




その電話を受けたのは、1月5日の事だった。


電話の主は、昔の会社の違う部署の上司であり、
2005年に亡くなった社長の娘でもあるHさんだった。
※Hさんは今はまったく違う会社で働いている




その人がウチに電話してくる事なんで初めてだったので驚いたのだけど、
新年の挨拶かな? などと気楽に考えていた。




しかしその予想は外れた。
「新年早々こんな話をするのもアレなんだけど、Tさんに不幸があって・・・」
とHさんは言いだした。


僕はTさんの顔を思い浮かべ、Tさんのご両親に何かあったのかな? と思った。


「そうなんですか?」と僕は何気なく言葉を返したのだが、
Hさんは「えっと、実はTさん本人が3日に亡くなったの」と言った。


ちょっと待って。
Tさんってまだ50歳にもなってないよな?


「え? だってTさんってまだ若いでしょ? 一体なんで?」
僕がその時想像したのは、
お酒好きなTさんの事だから、酔って外で寝てしまって・・・ という内容だった。
馬鹿馬鹿しい想像だったけど、親戚で一人そういう亡くなり方をした人が居たのでそう思ったのだ。


「うん。えっとね、心不全っだったの」
心不全?」


僕は受話器を持ちながら首を傾げた。




僕のロクでもない経験からいくと「心不全」の場合、
往々にして「死因を隠したい場合」に使う言葉なのだ。




僕はお通夜と告別式の日程を聞き電話を切った。


ヨメさんは不思議そうな顔をしていたが、事情を話すと
「えー? うそ・・・ やだ、だってTさんってまだ若いのに・・」と言葉を詰まらせた。
Tさんはヨメさんにとっても恩のある上司だったのだ。


僕は死因と葬儀の日程をヨメさんに伝え、
心不全って言ってたけど、どうも怪しいんだよね、言葉を詰まらせてたし」
と付け加えた。





お通夜の日、斎場に着くと受付に昔の同僚が居て、
僕の顔を見て少し驚いたようだった。
まさか僕が来るとは思わなかったのだろう。


同僚に挨拶をしていると、会長夫人がやってきて(Zさん)
「ぽんくん、忙しい所わざわざありがとう」とうっすらと涙を浮かべてそう言った。


会長夫人とは言っても会長の後妻で、まだ50歳くらいだ。
Tさんとは30年近い付き合いだったはずなので、さぞかしショックだろうと思った。




僕はもうその会社の人間では無いので控室へ通された。
そこには既に会社を離れた人たちが何人もいて、僕は少し懐かしい思いをしたと同時に
Tさんがどれだけ慕われていたのかも実感した。


みんな色々な事情で会社を辞めたのだけれど、
それでもTさんとのお別れなら、と思ったのだろう。




控室を進むと2005年に亡くなった社長の奥様であるKさんが僕を見つけ、手招きをしてくれた。
「お疲れさま・・・ Hちゃんから聞いたの?」と小声で言った。
「ええ。4日に電話をもらって」と僕は答えたのだが、Kさんは少し機嫌が悪いように見えた。
※Kさんは亡くなった社長の後妻で、Hさんはお二人の子供ではない。
 また、Kさんは今は会長夫人Zの会社で働いている





焼香を終え控室へ戻ると、
かつての直属の上司(Sさん)が僕の側に来て「誰から聞いたの?」と聞いてきた。
「Hさんからです」と僕は簡単に答えた。
※Sさんは今では独立をし、別会社の社長になっている


僕はKさんとKさんの息子*1と会長夫人Zの会社の社員の女性(Yさん)*2と席に座り、通夜振る舞いを頂いた。




暫くするとKさんが小さな声で怒りを露わにしだした。
「ほんと、もう帰りましょう。こんな所にいつまでも居たくはないわ」
「どうしたんですか?」僕は不思議になって聞いてみた。


「Zよ、Z。ほんっとに頭にくる」と現在の上司でもあるZさんに対して文句を言いだした。
Kさんが会長夫人Zを嫌っている事は知っていたけれど、この席でここまで怒る理由は分からなかった。
Yさんの方を向くと、彼女は苦笑いをしていた。


「もういきましょ」そう言ってKさんは席を立ち、僕たちを誘った。




僕は一応、と思い、会長夫妻に挨拶をしにいった。


「おお、ぽんか。元気だったか?」
僕が声をかけると会長はニコっと笑ってそう言った。


「ええ、おかげさまで何とか元気にしています」と僕は答えた。


会長夫人Zは「Pちゃん、大きくなったわねぇ」と僕に言った。
きっと、ヨメさんが年賀状を出したのだろう。


僕は、先に失礼する旨を伝え控室を後にした。






斎場を出るとKさんの怒りは頂点に達したようだった。


「どうしてあんなに怒ってるの?」と僕はYさんに聞いた。
「うん・・・」Yさんは何かを隠しているようだった。




僕は「どうしてそんなに怒ってるんですか?」とKさん聞いてみた。


Kさんは「あっ」という表情をして僕を見て
「ぽんくん、Hちゃんからどう聞いたの?」と言った。


「一応、心不全と聞きましたけど・・・」
僕がそう答えると、


「違うわよ。そんなわけないじゃない!」とKさんは言った。


「じゃぁコレですか?」
と僕は手を首の所に持っていった。




「そうよ」Kさんは僕の答えを肯定した。





Hさんから電話を受けた時の漠然とした不安はこれだった。


僕は心不全以外の死因を何パターンか想像していたが、その最悪をいかれてしまった。




Tさんはグループ会社全ての金庫番だった。
だから僕が考えたのは「口封じのために謀殺された」という事だったが、
もう一つは「責任を被っての自殺」だった。


そこで「自殺」を思い浮かべたのは、
僕の今の会社の先代の社長が、責任を被って自殺をしたからだ。




「でも、一体どうして?」僕は詳細が聞きたかった。


「もうね、年末にはギリギリだったのよ、資金繰りが」


あぁ、やはりそうだったのか。


僕の今の会社の先代の社長もそうだった。
二回目の不渡りを出す寸前に命を絶ったのだ。
生命保険の受け取り人を会社にして。




「そうだったんですか。僕、二度目ですよ、こういうの。
 先代の社長も、同じ理由で自殺しちゃいましたから・・・」


僕は今まで誰にも言わなかった事を話した。


するとKさんは
「でもね、Tさんは経理と総務なのよ?
 責任を取らなくちゃならないのは会長夫妻でしょ?」
と僕に言った。


その通りだった。





「だいたい、あの会長夫妻はいい加減なのよ」
4人で喫茶店に入ると、Kさんはまた怒り出した。




話を要約するとこうだった。


Tさんがグループ会社全ての金庫番で、二重三重の帳簿を作っていたのは僕も知っている。
今、その会社にいる人たちも、薄々は気付いているだろう。




そのグループ会社は赤字会社の方が多く、特に会長夫人Zの会社は万年赤字だった。
これもみんな薄々気付いている。




しかし、会長夫妻は、自宅を自社ビルにする計画を立ち上げていた。
どこにそんな金がある?




ちなみに数年前の会長夫人Zの月給は200万近かった。今でも大差ないだろう。
これは僕だけが知っている。




Tさんはその資金繰りに忙殺され、穴埋めまで自己資金でしていた。
これはKさんしか知らない事だった。




Tさんを含め、役員は会社が生命保険に入れている。
受取人は会社であろう。




そして、年末。
資金繰りがどうにもならなくなった。


忘年会の帰り道、KさんはTさんと一緒の電車に乗ったが、Tさんの様子がおかしかった。




1月3日、遺体が発見された。






Tさんの家から事情を聞いたHさんが、Tさんの会社(つまり会長の会社)に電話をすると箝口令を敷かれた。
「内勤の方が多かったから得意先にも伝えない」とも言われた。


そのあまりの対応の酷さにHさんは怒り心頭となり、
Sさんに電話をし、全てをブチ蒔けた。


Sさんは「取引先にはこっちから水面下で動くからHは連絡が取れる人に連絡してくれ」と言い、
そしてHさんから僕の所に連絡が入った。








つまり、Tさんは会社を救うため、
極論すれば会長夫妻の財産を護るために自殺したのだ。

なぜなら、あの会社は会長夫妻の「完全なる私物だった」からだ。






会長夫妻は、まさかこんなに人が集まるとは思わなかったが、
「まさか死因はしらないだろう」という思いだった。
 ※Hさんは、会長への当てつけで沢山の人を呼んだのだ。




僕が挨拶に行くと会長はニコっと笑って僕に話しかけた。
Tさんは会長夫妻の財産を護るために自殺した




会長夫人Zは「Pちゃん、大きくなったわね」と僕に言った。
Tさんは会長夫妻の財産を護るために自殺した




会長夫人Zは「なんでこんな事になっちゃったんだろう」と呟いていた。
Tさんは会長夫妻の財産を護るために自殺した




Tさんの奥さんは、自殺の原因がわからなかった。
会長は社員に「T君は、家庭の事で悩んでいた」と話した。
Tさんは会長夫妻の財産を護るために自殺した




会長夫妻の間に出来た子供(中学生)はTさんにとても懐いていた。
Tさんもとても可愛がっていた。
しかし、会長夫妻は子供にTさんが亡くなった事を教えていない。
Tさんは会長夫妻の財産を護るために自殺した






そんな赤字の会社でも、なんとか立て直そうと社員は頑張っている。
それは会長の人柄もあるだろう。
僕だって、会長には世話になった。




会長夫人Zは、まったく経営能力の無い俗物だけど、
それでも少しはセンスがあるし、部下だって頑張っている。
僕も、それは知っている。






でも、
僕はこの件に関し会長夫妻を許す事はないだろう。





僕の今の会社の先代の社長は、遺書を残した。




「葬式は祭りにしろ。盛大にやれ。この会社はまだまだやれるんだと知らしめてくれ。
 そして、この会社を護ってくれ」




その時から今日まで、既に10人以上の社員が辞めていったが、
僕は辞める予定は無い。






この先代の社長と、その会長夫妻の違いは、あまりに大きい。

*1:Hさんとは異母姉弟

*2:僕も10年前から知っている人