一番大切な事・2:吹っ切れた気持



「ホントはね、会う直前まで終わりにする気まんまんだったんだよ?
 でもさ、手を繋ぐかどうか聞いたでしょ?
 その時「あぁ、私は手を繋ぎたいんだ」って思っちゃったの」


その時、僕は彼女と向かい合って座っていた。
手と手を取り合い、おでことおでこをくっつけて喋っていた。





会う前日の木曜日、彼女からのメールは夜で止まっていた。
彼女は友人と出掛けていて、出先から食事の写メが届き、それっきりだった。
夜中になってもメールが来ないので、きっと彼の家に泊まったんだろうと思い、
僕は半ば凹み、半ば納得し、半ば腹を立てていた。


別に彼の家に泊まっても文句はないよ。
でも、僕と会う前日ってのはちょっとキツいよ。
そんな事を思いながら眠りについたけど、
ひょっとしたら帰りが遅くなって寝落ちしたのかもしれない
という期待も持っていた。


朝になると彼女からのメールが届いていた。
「今日、仕事休む。体調が最悪でさ」


「大丈夫? 無理しないでね。ちゃんと休めそう?」
僕は彼女の体調を心配している反面、少し安心した。
ひょっとして体調が悪くてメールが出来なかったのかな、と。


でも、それはすぐに消し飛ばされた。
「実は今週に入ってからずっと体調が悪くてさぁ。
 仕事がかなりハードだったからなんだけど、吐きまくり。
 そもそも今、家じゃないってのもマズいし(笑
 とりあえず今日は休む事にするよ」


あぁ、そっか。
やっぱり家には帰らなかったのか。
僕はそう思い、やっぱり凹んだ。


「そっかー、休み無かったし、残業も多かったもんね。
 でも、きっと半分は僕が負担をかけちゃってたんだよね。ごめんね
 今日はやめといた方がいいのかなぁ」
僕は敢えて「今、家じゃない」という部分はスルーした。
何か反応したらどんなイヤミを言うか分からなかったからだ。




「あ、キツかったのは仕事の事だけだから大丈夫だよ。
 ぽんの事は負担になってないから大丈夫。
 今、○○ちゃんの家に居るんだけど、お昼頃には帰ると思う。
 夜までに元気になっておくね^^」




なんだ、良かった。僕は安心した。
そして彼女がわざわざ○○ちゃんの家にいると書いてきた事が珍しかった。
○○ちゃんは彼女と一番仲の良い子で、9月にも一緒に旅行に行っていた。




「うん、わかった〜
 じゃぁとりあえずはノンビリしてカラダを休めてね^^」
僕はそう返信して会社に向かった。





僕はその日、彼女と会ってこれからの事を話すつもりだった。
彼女との関係を元に戻す事を諦めたせいか、気分は楽だったけど、
問題はこれからの関係だった。


ただの友人として付き合っていくのか、
少し親密な、例えば友達以上恋人未満のようになるのか、
それとも完全に縁を切るにか。


こればっかりは僕だけの考えで決める事は出来ない。
ちゃんと顔を見ながら話さないと決める事が出来なかった。




会社に着いてからも彼女とのメールは続いていた。
僕の職場はケータイは自由なので、仕事をしながら返信を続けていた。




他愛もない日常会話が殆どだったけど、久しぶりに1回1回が長いメールだった。
僕は「あぁ、こういうメールも久しぶりだなぁ」と思っていた。


そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、
「そう言えば長文メールって久しぶり と短く返してみたw」
というメールが届いた。


その瞬間、僕は何故か妙な嬉しさがこみ上げ、思わず涙ぐんでしまった。
理由はわからない。
でも、何となく彼女の中で何かが変わった感じがしたのだ。
そして、僕は自分自身の感情をハッキリと認識した。




「そういやそうだね(笑 と僕も短い返事にしてみた(笑」
「なんかね、私、イイ意味で吹っ切れたよ(笑」
「僕もなんだかイイ意味で吹っ切れた(笑」




この先、どんな関係になろうと、そんな事はどうでもいい。
僕はF香がどうしようもなく好きだ。
もう、その気持ちがあるだけで良いじゃないか。
どう繕った所で、僕の気持ちはもう後戻り出来ない場所に来てしまっていた。


僕はそういった意味で吹っ切れたのだ。





夕方になって彼女からメールが来た。
「○○ちゃんのトコで寝ちゃってた(笑 おかげでスッキリだよ〜」
「そかそか、良かった。待ち合わせはどうしよ」
「これから帰るから、何時でも大丈夫だよ^^」
「おっけ。じゃぁ18時半に○○駅にしようよ」
「はーい」


そんなやり取りをしていて暫くしたら、今度は写メが届いた。


「毎年変わりもしないけど、この季節だよね」
そんな文章が添えられた写真は、どこかのイルミネーションだった。


「おお! イイねぇ。イルミネーションって好きだよー」
「ねー、アタシも好き」
「何かわくわくするんだよねー。じゃぁ、今度一緒に見に行こうよ^^」
「ねー、ワクワクするよねー」


あ。
一緒に行こうよ って部分、流されちゃった。
そんな些細な部分からでも、彼女の心境が手に取るように分かってしまう。
そしてまた少し凹んでしまった。





仕事を定時で終えた僕は、待ち合わせの駅に向かった。


早く会いたい。
すごく会いたい。
でも、会うのが怖い。
そんな心境だった。


改札を出たその先に、彼女は立っていた。