一番大切な事・2:吹っ切れた気持
「ホントはね、会う直前まで終わりにする気まんまんだったんだよ?
でもさ、手を繋ぐかどうか聞いたでしょ?
その時「あぁ、私は手を繋ぎたいんだ」って思っちゃったの」
その時、僕は彼女と向かい合って座っていた。
手と手を取り合い、おでことおでこをくっつけて喋っていた。
☆
会う前日の木曜日、彼女からのメールは夜で止まっていた。
彼女は友人と出掛けていて、出先から食事の写メが届き、それっきりだった。
夜中になってもメールが来ないので、きっと彼の家に泊まったんだろうと思い、
僕は半ば凹み、半ば納得し、半ば腹を立てていた。
別に彼の家に泊まっても文句はないよ。
でも、僕と会う前日ってのはちょっとキツいよ。
そんな事を思いながら眠りについたけど、
ひょっとしたら帰りが遅くなって寝落ちしたのかもしれない
という期待も持っていた。
朝になると彼女からのメールが届いていた。
「今日、仕事休む。体調が最悪でさ」
「大丈夫? 無理しないでね。ちゃんと休めそう?」
僕は彼女の体調を心配している反面、少し安心した。
ひょっとして体調が悪くてメールが出来なかったのかな、と。
でも、それはすぐに消し飛ばされた。
「実は今週に入ってからずっと体調が悪くてさぁ。
仕事がかなりハードだったからなんだけど、吐きまくり。
そもそも今、家じゃないってのもマズいし(笑
とりあえず今日は休む事にするよ」
あぁ、そっか。
やっぱり家には帰らなかったのか。
僕はそう思い、やっぱり凹んだ。
「そっかー、休み無かったし、残業も多かったもんね。
でも、きっと半分は僕が負担をかけちゃってたんだよね。ごめんね
今日はやめといた方がいいのかなぁ」
僕は敢えて「今、家じゃない」という部分はスルーした。
何か反応したらどんなイヤミを言うか分からなかったからだ。
「あ、キツかったのは仕事の事だけだから大丈夫だよ。
ぽんの事は負担になってないから大丈夫。
今、○○ちゃんの家に居るんだけど、お昼頃には帰ると思う。
夜までに元気になっておくね^^」
なんだ、良かった。僕は安心した。
そして彼女がわざわざ○○ちゃんの家にいると書いてきた事が珍しかった。
○○ちゃんは彼女と一番仲の良い子で、9月にも一緒に旅行に行っていた。
「うん、わかった〜
じゃぁとりあえずはノンビリしてカラダを休めてね^^」
僕はそう返信して会社に向かった。
☆
僕はその日、彼女と会ってこれからの事を話すつもりだった。
彼女との関係を元に戻す事を諦めたせいか、気分は楽だったけど、
問題はこれからの関係だった。
ただの友人として付き合っていくのか、
少し親密な、例えば友達以上恋人未満のようになるのか、
それとも完全に縁を切るにか。
こればっかりは僕だけの考えで決める事は出来ない。
ちゃんと顔を見ながら話さないと決める事が出来なかった。
会社に着いてからも彼女とのメールは続いていた。
僕の職場はケータイは自由なので、仕事をしながら返信を続けていた。
他愛もない日常会話が殆どだったけど、久しぶりに1回1回が長いメールだった。
僕は「あぁ、こういうメールも久しぶりだなぁ」と思っていた。
そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、
「そう言えば長文メールって久しぶり と短く返してみたw」
というメールが届いた。
その瞬間、僕は何故か妙な嬉しさがこみ上げ、思わず涙ぐんでしまった。
理由はわからない。
でも、何となく彼女の中で何かが変わった感じがしたのだ。
そして、僕は自分自身の感情をハッキリと認識した。
「そういやそうだね(笑 と僕も短い返事にしてみた(笑」
「なんかね、私、イイ意味で吹っ切れたよ(笑」
「僕もなんだかイイ意味で吹っ切れた(笑」
この先、どんな関係になろうと、そんな事はどうでもいい。
僕はF香がどうしようもなく好きだ。
もう、その気持ちがあるだけで良いじゃないか。
どう繕った所で、僕の気持ちはもう後戻り出来ない場所に来てしまっていた。
僕はそういった意味で吹っ切れたのだ。
☆
夕方になって彼女からメールが来た。
「○○ちゃんのトコで寝ちゃってた(笑 おかげでスッキリだよ〜」
「そかそか、良かった。待ち合わせはどうしよ」
「これから帰るから、何時でも大丈夫だよ^^」
「おっけ。じゃぁ18時半に○○駅にしようよ」
「はーい」
そんなやり取りをしていて暫くしたら、今度は写メが届いた。
「毎年変わりもしないけど、この季節だよね」
そんな文章が添えられた写真は、どこかのイルミネーションだった。
「おお! イイねぇ。イルミネーションって好きだよー」
「ねー、アタシも好き」
「何かわくわくするんだよねー。じゃぁ、今度一緒に見に行こうよ^^」
「ねー、ワクワクするよねー」
あ。
一緒に行こうよ って部分、流されちゃった。
そんな些細な部分からでも、彼女の心境が手に取るように分かってしまう。
そしてまた少し凹んでしまった。
☆
仕事を定時で終えた僕は、待ち合わせの駅に向かった。
早く会いたい。
すごく会いたい。
でも、会うのが怖い。
そんな心境だった。
改札を出たその先に、彼女は立っていた。