一番大切な事・4:経験則



「ぽん、、、、すき」
彼女は小さい声でそう呟いた。


「やっぱり、好きだよ。顔を見ちゃうとダメだぁ・・・」
「僕だって好きだよ」
そう言って僕は強く彼女を抱きしめた。






「ね、あのさ」
「なぁに?」
「どんな関係でも、って言ったでしょ?」
「うん」
「どんな関係になっても、僕はF香を離さないよ」
「うん」
「どんな関係でも、僕はF香を好きなままだよ」
「うん。私もだよ」
「ずっと好きだよ」
「私もずっと好き」
「そんな事言うと、ホントに離さないよ?(笑」
「離れないもん(笑」





話が一段落した所で僕はタバコに火を点けた。
こういう時にタバコは便利だ。


「何かね、すっごくスッキリして、落ち着いて安心しちゃった」
F香はそういってニコニコ笑っていた。
僕はその笑顔が見れて嬉しかった。




「ね、あのさ。僕が一番欲しいものって何かわかる?」
「わかんないよ、そんな急に言われても(笑」
「だよね。あのね、僕が一番欲しいのはF香の心(笑」
「あははは、キザだ。昭和だ(笑」
「そりゃ仕方ないよ、昭和のニンゲンだもん(笑」
「まぁ私もそうだけど」


「でね、二番目に欲しいのは、F香のその笑顔なんだよ。
 だから今、その笑顔が見れて、すっごく嬉しい」
「もー、またそんな事言うと、嬉しくなっちゃうじゃん(笑」
「あはは。だって、ずっとずっとその笑顔が見たかったんだもん。
 僕はね、その笑顔が見れれば満足なの。
 だからその笑顔を見るためなら何でもするし、何でも我慢できると思う」
「うん。あのね、すっごく嬉しい」
そういって彼女は僕の肩に顔を埋めた。






「でもね、ぽん。アタシ、ホントにひどいよ? 引っ越しの事だってそうだし」
「引っ越し?」
僕は何でそこで引っ越しの事が出てくるのか分からなかった。
彼女は年が明けたら引っ越しをする予定だった。


「ぽん、きっと気付いてると思うよ?」
「ねぇ、ひょっとして同棲するつもり?」
「・・・・うん」
「あぁ、やっぱそうかー」


僕は以前、彼女の引っ越し先の候補の間取り図を見せてもらった事がある。
それは家賃が15万以上し、2LDKのものだった。


その時僕は驚いて、この家賃でやっていけるのかを聞いた。
彼女の返事は、家賃補助が出るからなんとかなるという事だった。
2LDKも必要ないとも思ったけど、僕と同じ一人っ子なので、
「自分の居場所としての個室空間が必要」という彼女の考えを鵜呑みにしていた。


「何となくおかしいとは思ってたんだよね、2LDKだし(笑」
「ごめん(笑」


「つかさ、何でいきなり同棲なの?(笑
 正直なとこ言って良い? それ、F香のキャラじゃないよ(笑」
「えー、そうかなぁ」
「そうだよ。そんなに焦るタイプじゃないじゃん。何か変だ」
「そんな事ないよぅ」
「じゃぁ何で? 何をそんなに焦ってるの?」
「だって、二人で住めばアタシの負担分も減るし・・・」
「・・・アホか!!(笑」
「えー、そんなにアホ?(笑」
「アホだよ(笑」
「だってさぁ、付き合ってからどの位か知らないけど、2週間とか1ヶ月でしょ?
 それで同棲って、しかも家賃って(笑
 そんなのF香の性格から考えても絶対に変だよ」
「だって・・・そう言われても、もう無理だよ」
「なんで無理なの? だって契約はしてないんでしょ?」
「うん、そうなんだけど・・・ そうじゃなくてさ・・・」
「なぁに?」
「当ててみて?」
「わかんないって、そんなの(笑」


僕はそう言ったけど、最悪の想像はしていた。
既に入籍していたら、という想像だった。
でも、彼女だって、そこまで短絡的ではない。


「あのね、彼のご両親に会ったんだよね」


あぁ、そういう事か。結婚を前提とした同棲という事か。
僕はそれで合点がいった。
その反面、過去の経験から考えて、危険な要素も感じ取っていた。


「でね、今度彼も私の両親に会うの」彼女は下を向いてそう言った。
「うん。でも、それがどうしたの?」
僕は即答した。


両親に会ってようが何だろうが、
そんな短期間で結婚を決めるのは危険過ぎる。
しかも、その短期間の決め方が、焦りからきているような気がしたのだ。




「ねぇ、何をそんなに焦ってるの?」
「焦ってなんてないよ・・・」
「焦ってるって。じゃなきゃF香がそんな短期間で結婚とか同棲とか言うはず無いもん(笑」
「・・・・・・」
彼女は黙っていた。


「何かね、逃げ場をわざわざ無くしてるように見えるんだ。
 結婚を前提に付き合ってる って友達に宣言したり、
 ご両親に会ってみたり、同棲をしようとしてみたり。
 既成事実を作って逃げ場を無くそうとしてるように思えるよ?」


「そんなこと・・・ない・・・」


「ねぇ、これは僕がF香を好きとかどうとか抜きにして、一人の友人として言うね。
 焦って結婚しても、何も良い事なんてないよ?(笑
 この僕でさえ、結婚を考えるまで2年かかって、それでもこの状態なんだよ?
 F香はさ、僕とその辺りが似てるから、僕にはわかる。
 いまここで結婚しても、ロクな事にならない(笑
 しかも前、その彼と付き合っても浮気しまくるって言ってたじゃん。
 そんな状態で結婚は出来ないって(笑
 僕だって少なくとも結婚する時は「もう他の人と付き合ったりはいいや」って思ったのに、
 半年でダメで、今はこうなんだよ?(笑」


「ごめん、言って良い? あのね、すっごいリアル(笑」
「あはははは」僕は笑って返事をした。
「でしょ? 僕が言うんだから間違いないよ」


「うん。ぽんの言ってる事、すごい良く分かる。でも・・・」
「でも?」
「だって、話が進んじゃってるし・・・」
「だから「逃げ場を無くしてる」って言ったんじゃん(笑」
「あ、そっか(笑」
「何も今同棲しなくたって良いんだよ。例えば1年付き合ってからでも遅くないよ。
 1年付き合って、あ、やっていけるなって思って、それで同棲でも良いじゃん。
 今はまだ付き合って1ヶ月も経ってないんだろうし、友人としては知ってても
 彼氏としては相手の事は何も知らないでしょ? そういう意味でも早いと思うよ」
「・・・うん」
「それにさ、まだ契約だってしてないんだし、引き返す事は出来るよ?」
「ホントにそう思う?」
「うん。思う。極端な事を言えば、同棲してようとなんだろうと、入籍前なら間に合う(笑」
「あははは、確かに」
「でもさ、同棲しちゃってたとしても、ぽんとは逢えるんだよ?」
「うん。それは分かってるよ。でも、まだ早すぎるって思うの」
「・・・そっか、分かった。じゃぁ、それはちゃんと考えるね。」
「うん」
「でも、一人で考えて良い?」
「もちろん良いよ。じゃぁこの話はここで終わりね(笑」
「うん」





「ねぇ、彼との事とか、ぽんに報告した方が良い?」
ふと思い出したように彼女は言った。


正直、僕は悩んだ。
聞いておきたい部分もあるし、聞いたら聞いたでツラい部分もある。
「んー、どうだろう。やっぱあんまり聞きたくないかな。
 出来れば、上手く誤魔化すかウソをついといてほしい」
僕はそう答えた。


「うん、わかった。じゃぁ上手くウソつくね」
そう言って彼女は笑った。