12・慈しむように



□2006年7月・2□


「ねぇ、ぽん」
W子は少し改まった感じで僕に話しかけた。


「なぁに?」
「今度の金曜日、お泊まりしても良い?」
「え? そりゃ、嬉しいし、もちろん良いけど、おウチは大丈夫なの?」





その7月、僕とW子は今までにないくらいに良く会っていた。
5日間連続で会ったりもしたくらいだ。


たくさん会っていた反面、W子の中では不安と不満がくすぶっていた。


ヨメさんが実家へ戻っている間、まったく顔を出さないワケにはいかなかったので、
土曜日になると僕は昼頃からヨメさんの実家に出向いていた。


一週間の疲れが残っている土曜日に行く事もなかったのだが、
日曜日に行くと、翌週に疲れを引きずってしまう


そんな理由からなるべく土曜日に行くことにしていた。*1


そして
行くたびに僕は疲れて帰ってきた。




子供に対しかわいいという感情や育てていかなきゃという責任感はあったけど
それはどちらかと言うと「仔猫」に対する感情に近く、
愛情というには相応しくない考え方だった。


もちろん、命が誕生してくる事は素晴らしい事だし、
こうやって目の前で赤ちゃんが生きているのは嬉しい事だった。


でも、それは言い換えれば「新しい命の全て」に対する感情で
「僕の子供」に対する感情ではなかった。






そうやって疲れて帰ってくるたびにW子は
「アタシは、ぽんが疲れた時にそばに居たいの」
と言ってくれた。


その言葉はとても嬉しくて安心出来たけど


W子のココロの奥底に
「そんなに疲れるなら、行かないでよ・・・」
という感情があったのも確かだったと思う。


でも、W子は
「そんなワガママを言ったら、嫌われてしまうかもしれない」
という思いから、それを口に出す事はなかった。


だからこそ、
「色々考えてるとこんがらかっちゃうから、まずは今を楽しむことにするね」
と僕に言ったのだと思う。





「ねぇ、ぽん」
W子は少し改まった感じで僕に話しかけた。


「なぁに?」
「今度の金曜日、お泊まりしても良い?」
「え? そりゃ、嬉しいし、もちろん良いけど、おウチは大丈夫なの?」
W子の家は厳しい家庭で、彼の家に泊まるということは許されていなかった。*2
それを知っていたから僕は心配したのだ。


「うん。学生時代のサークルの女友達の家に行くことにしておくから」
「そっか、なら大丈夫なのかな?」
「うん。サークルの子の家なら良く泊まりに行ってたし」
「へ〜。あ、って事は、その口実を使うのは初めてじゃないでしょ?(笑」
僕は笑いながらも、少しジェラシーを感じながらそう言った。


「え〜、ナイショ〜(笑」
W子は笑いながらそう言った。




W子がお泊まりの話しを出したのは、
ヨメさんが家に戻ってくる前の週だった。


僕としては前々から「泊まりに来て欲しいな」とは思っていたけれど、
W子の家の事を考えてムリを言えなかったのだ。


だからW子から言ってくれたのは嬉しかったし、
何よりお泊まりが出来るように努力してくれた事が嬉しかった。





本当は「土曜日に来て日曜日に帰る」というのが良かったんだけど、
泊まりに来た翌日(土曜日)は、ヨメさんが家に帰ってくる日だった。


だから金曜日の夜から土曜日のお昼頃までしか一緒に居る事が出来なかった。




ゴハン、何にしよっか」
「なんでも良いよ〜」
W子はスーツから僕のTシャツに着替え、僕の横に立ってそう言った。


「じゃぁ、また冷蔵庫整理かなぁ」
「あ、そしたらアタシ、またスープ作るね」


そんな感じに二人で料理をし、ご飯を食べ、洗い物をした。
食べ終わってコーヒーを飲んで、二人でタバコを吸った。




「なんか、良いね、ゆっくり出来て」
僕はしみじみとそう言った。





その夜、
W子は何度も泣いた。


僕が「家」に戻ってしなうんじゃないかという不安
「子供」から離れられなくなるんじゃないかという恐怖。
「アタシ」から離れてしまうんじゃないかという孤独感。


W子は何度も泣いて、何度も不安を口にした。




僕はその度にW子を抱きしめた。


コトバだけでは安心させてあげられない事は解っていたけど、
それでもコトバで現す事は必要だった。
だから僕は自分の考えている事をコトバで伝え、
何度何度も「愛してる」と言った。


その度にW子は頷いて僕の胸に顔を埋めた。




僕は力強くW子を抱きしめ
優しく、壊れ物を扱うかのように何度もW子を抱いた。




そしてゆっくりと眠った。





朝、目が覚めるととても良い天気で、既に初夏が始まっていた。


清々しい朝だったけど、
それは楽しかった1ヶ月が終わる朝でもあった。




朝なんて来なければ良かったのに
僕は真剣にそう思っていた。


でも、ちゃんと朝はやってきた。




そう思っていたのはW子も同じで、
だからこそ、お互い目が覚めた時、まず最初にお互いがお互いを抱きしめたのだ。




終わっちゃう 終わっちゃう 終わっちゃう・・・
どちらともなくそんな事を考え、抱きしめあった。


そして
僕はまたW子を抱いた。


優しく、慈しむように。

*1:日曜日の時もあった

*2:当然、僕が妻子持ちということも伏せてあった