21・一度だけ
□2007年1月・8□
W子に別れを告げられた翌朝、
僕が一番最初にした事はメールチェックだった。
☆
僕は気の抜けた状態でバスに乗り、W子に最後のメールを送った。
送ったって、返事は来ないだろう。
もちろん返事は欲しかったけど、来るわけがないのだ。
僕は放心状態のまま家に帰った。
夕飯の準備はしてあったけど、もちろん食欲なんて無かった。
でも、食べた。
食べ終わった途端に吐き気がしたけど、
もちろん吐き出すわけにもいかず、
換気扇の下でタバコを吸いながら、身体を丸めて吐き気に耐えていた。
僕は何も考えられず、
何も意識出来ず、
何も視界に入ってこなかった。
気が付いたらお風呂に入り、
気が付いたら布団に潜り込んでいた。
ダメだ、今日は何も考えられない
僕は諦めて目を閉じた。
眠れるかどうか分からなかったけど、目を閉じた。
でも、眠る事が出来なかった。
1500回以上往復したメールも
120回以上お茶した事も
何もかもが過去の事になってしまった。
もう、W子の笑顔を見る事は出来ないのだろうか。
もう、W子と手を繋ぐ事が出来ないのだろうか。
もう、W子の声を聴く事が出来ないのだろうか。
もう、メールが届く事も無いのだろうか。
無理だ。
諦める事なんて、出来るわけがない
僕はそう思い、
W子にタイマーメールを送った。
届くのはいつもの朝6時。
W子は読んでくれるだろうか。
もう一度会いたい事
もう一度話がしたい事
そんな事を書いて、メールを送った。
「土曜日、会いたい」
僕は、最後にその一文を入れて、送信した。
☆
気が付くともう朝になっていて、
僕が一番最初にした事はメールチェックだった。
タイマーメールの返事は届いていなかった。
布団の上でタバコを吸いながら、何の反応も無い携帯を見ていると、
その時初めて「別れちゃったんだ」という実感が沸いてきた。
いや、実感が沸いたのではない。
振られた事を、思い知らされたのだ。
僕は携帯を見つめながら、暫く動く事さえ出来なかった。
やっぱり、もう会う事が 出来ないんだろうか
☆
W子からメールが届いたのは、朝8時だった。
「もうすぐオフィスです。土曜日の事は少し考えさせてね
夜にまたメールするから・・・ 一日お仕事がんばってね」
僕は涙が滲んだ目でそのメールを読んだ。
会ったからといって、変化は無いかもしれないけれど、
返事が来た事が嬉かった。
「ありがとう。嬉しくて涙が出てきたよ・・・
夜の返事、待ってるね・・・」
僕はそう返信し、会社に向かった。
☆
仕事が終わり、電車に乗ったのは21時を過ぎてからだった。
「帰りたくないなぁ・・・」
僕はそんな心境だった。
本当に家に帰りたくなかったのだ。
その時、僕は
「あ、そうか。いつも残業してたのは、W子も遅くまで仕事してるし って思ってたけど
家に帰りたくない って気持ちもあったんだ」
と気が付いた。
確かにこの1年近く、僕は家に帰るのが億劫になっていた。
面倒だなぁ
まだ帰りたくないなぁ
家にいても、落ち着けないしなぁ
自分の家なのに、帰りたくないんだよな
そんな気持ちだったのだ。
僕は、
自分の家が、リラックス出来る場所ではなくなっていた。
☆
W子からメールが届いたのは0時頃だった。
「土曜日会おう。14時くらいにいつもの所で良い?」
良かった。
会ってくれる。
僕はそれだけでも嬉しかった。
僕は携帯を握りしめたまま、自分の部屋でうずくまっていた。
「おかえりなさい。ゴハンでも食べてきたのかな? お疲れさま
土曜日の事、ありがとう。本当にありがとう。
14時に向かうね。本当に、本当にありがとう」
僕はそう返信し、少しだけ気持ちが楽になった。
☆
気持ちが楽になったからといって、状況が変わったわけではなかった。
会って、僕は何を話せば良いんだろう
それすらも分からなかった。
僕の望みは一度のチャンスだった。
一度だけ、やり直すチャンスが欲しかった。
でも、それをどう伝えれば良いのだろう。
分からなかった。
僕にはもう、ストレートな言葉しか残っていなかった。
伝えよう。
ストレートに伝えてみよう。
伝わるかどうか分からないけれど
伝えないよりはマシなはずだった。
そして、土曜日がやってきた。