21・一度だけ



□2007年1月・8□


W子に別れを告げられた翌朝、
僕が一番最初にした事はメールチェックだった。





僕は気の抜けた状態でバスに乗り、W子に最後のメールを送った。


送ったって、返事は来ないだろう。
もちろん返事は欲しかったけど、来るわけがないのだ。




僕は放心状態のまま家に帰った。


夕飯の準備はしてあったけど、もちろん食欲なんて無かった。
でも、食べた。


食べ終わった途端に吐き気がしたけど、
もちろん吐き出すわけにもいかず、
換気扇の下でタバコを吸いながら、身体を丸めて吐き気に耐えていた。




僕は何も考えられず、
何も意識出来ず、
何も視界に入ってこなかった。


気が付いたらお風呂に入り、
気が付いたら布団に潜り込んでいた。




ダメだ、今日は何も考えられない


僕は諦めて目を閉じた。
眠れるかどうか分からなかったけど、目を閉じた。




でも、眠る事が出来なかった。




1500回以上往復したメールも
120回以上お茶した事も


何もかもが過去の事になってしまった。




もう、W子の笑顔を見る事は出来ないのだろうか。
もう、W子と手を繋ぐ事が出来ないのだろうか。
もう、W子の声を聴く事が出来ないのだろうか。
もう、メールが届く事も無いのだろうか。




無理だ。
諦める事なんて、出来るわけがない




僕はそう思い、
W子にタイマーメールを送った。


届くのはいつもの朝6時。
W子は読んでくれるだろうか。




もう一度会いたい事
もう一度話がしたい事


そんな事を書いて、メールを送った。




「土曜日、会いたい」
僕は、最後にその一文を入れて、送信した。





気が付くともう朝になっていて、
僕が一番最初にした事はメールチェックだった。




タイマーメールの返事は届いていなかった。




布団の上でタバコを吸いながら、何の反応も無い携帯を見ていると、
その時初めて「別れちゃったんだ」という実感が沸いてきた。




いや、実感が沸いたのではない。
振られた事を、思い知らされたのだ。




僕は携帯を見つめながら、暫く動く事さえ出来なかった。




やっぱり、もう会う事が 出来ないんだろうか





W子からメールが届いたのは、朝8時だった。


「もうすぐオフィスです。土曜日の事は少し考えさせてね
 夜にまたメールするから・・・ 一日お仕事がんばってね」




僕は涙が滲んだ目でそのメールを読んだ。
会ったからといって、変化は無いかもしれないけれど、
返事が来た事が嬉かった。


「ありがとう。嬉しくて涙が出てきたよ・・・
 夜の返事、待ってるね・・・」


僕はそう返信し、会社に向かった。





仕事が終わり、電車に乗ったのは21時を過ぎてからだった。


「帰りたくないなぁ・・・」
僕はそんな心境だった。


本当に家に帰りたくなかったのだ。




その時、僕は
「あ、そうか。いつも残業してたのは、W子も遅くまで仕事してるし って思ってたけど
 家に帰りたくない って気持ちもあったんだ」
と気が付いた。


確かにこの1年近く、僕は家に帰るのが億劫になっていた。




面倒だなぁ
まだ帰りたくないなぁ
家にいても、落ち着けないしなぁ
自分の家なのに、帰りたくないんだよな


そんな気持ちだったのだ。




僕は、
自分の家が、リラックス出来る場所ではなくなっていた。





W子からメールが届いたのは0時頃だった。


「土曜日会おう。14時くらいにいつもの所で良い?」




良かった。
会ってくれる。




僕はそれだけでも嬉しかった。


僕は携帯を握りしめたまま、自分の部屋でうずくまっていた。


「おかえりなさい。ゴハンでも食べてきたのかな? お疲れさま
 土曜日の事、ありがとう。本当にありがとう。
 14時に向かうね。本当に、本当にありがとう」


僕はそう返信し、少しだけ気持ちが楽になった。





気持ちが楽になったからといって、状況が変わったわけではなかった。


会って、僕は何を話せば良いんだろう


それすらも分からなかった。




僕の望みは一度のチャンスだった。
一度だけ、やり直すチャンスが欲しかった。


でも、それをどう伝えれば良いのだろう。




分からなかった。
僕にはもう、ストレートな言葉しか残っていなかった。




伝えよう。
ストレートに伝えてみよう。




伝わるかどうか分からないけれど
伝えないよりはマシなはずだった。




そして、土曜日がやってきた。