22・平行線



□2007年1月・9□


その土曜日、僕は寝坊をした。


僕はそれまでW子との待ち合わせに、寝坊で遅刻した事はなかった。


準備に手間取ったり、渋滞で遅れた事はあったけど、
寝坊という理由は一度も無かった。


疲れていたんだろうか?
それとも、逢えるという安堵感なんだろうか?


いずれにせよ、
よりによって、なんでこんな日に寝坊してるんだという事実は変わらなかった。


僕は自分自身が情けなくなった。






起きた時間は待ち合わせの30分前で、
どんなに急いでも30分は遅れてしまう。


僕は急いでW子にメールをした。


「ごめんなさい。いま起きました。急いで準備する・・・
 疲れてたみたいで、寝坊した・・・
 情けないよ、自分で言っておいて・・・」




W子からの返信は簡単な一言だった。


「疲れはどうしようもないよ。先にお店に行ってるね。
 朝ごはんも、しっかり食べてくること」




W子は「どうしようもない」と言ってくれたけど、
僕は自分が許せなかった。


決して遅れてはいけないときに、遅れてしまう自分が情けなかった。




そして「疲れはどうしようもないよ」という一言に、
アタシだって疲れている時は寝坊しちゃったんだしという反省と
ほらね、疲れてる時は寝坊しちゃうんだからっという反発が含まれているような気がした。




「朝ごはん要らないの?」
と、ヨメさんは不審そうな顔でそう言ったけど
食べている余裕なんてあるわけがなかった。





お店に着くと、W子は本を読みながら待っていた。
僕はW子の向かい側に座り、遅れた事を謝った。





何を話そう。
どうやって話そう。


いろいろ考えたけれど、ストレートに言う事しか出来なかった。




一度だけチャンスが欲しい
やり直したい
考え直してほしい



そういった事を何度も言ったけれど、
その度にW子は首を横に振るだけだった。




本当に、もうゼロなの?
まったくチャンスは無いの?





そう言っても、
やはり沈んだ顔で首を横に振るだけだった。




やはり諦めるしか無いんだろうか。




でも、しつこいようだけど、
諦める事なんて出来なかった。






W子がいずれ誰かと付き合っている姿とか
誰かと結婚して生活している姿を想像すると、


どうしようもなく、切なくなって、我慢が出来なかった。




そんなのイヤだ






「W子が他の人と付き合ったりとか想像すると、我慢出来ないよ」


僕がそう言うとW子は、その日初めて笑った。


それは笑顔ではなく、
冷笑、もしくは苦笑いだった。




ひょっとして、もう誰か好きな人が居るんじゃないか?
僕はそう思ったけど、それを聞く事が出来なかった。


「うん。もう、好きな人がいるの」
という返事を聞いてしまうのが怖かった。
そんな言葉、聞きたくもなかった。


だから、聞けなかった。




僕はそう思いたくなかった。
僕はW子を信じていたし、信じたかった。




でも、僕が「誰か好きな人が居るんじゃないか?」
と不安に思った事には理由があった。


その時W子に伝える事はしなかったけれど、
それは僕がずっと抱えていた不安だった。





話は平行線のまま続いていた。
僕はもう、何を言えば良いか解らなくなっていた。




「W子が戻ってきてくれるなら、今すぐにでも離婚する」
と言ったけど、やはり首を横に振るだけだった。




当たり前だ。
僕は何を言ってるんだろう。


それじゃ取引材料じゃないか。


僕は口に出してから後悔した。




確かに、僕は「今すぐにでも離婚してW子とやり直したい」と思っていたけど、
もう、そんな段階でも、状態でもないのだろう。




いま、すごく穏やかな気持ちなの
笑っていられるし、リラックスも出来てる
ぽんの「家に対する気持ち」はよくあることなんだよ



そういったW子の言葉を聞いていると、改めてそう思った。





結局、話は平行線のままで終わった。


僕は「諦めたくない。やり直したい」
W子は「んーん、ダメ」


その繰り返しだった。






駅へ向かう道、僕はW子の手をとって歩いていた。


この手を離したくない
そう思うと、自然と歩みが遅くなったけれど、W子はそれを許してくれず、


立ち止まろうとする僕を引っ張って歩いた。




「アタシはこのまま帰るから、ぽんも家に帰ってね」
W子は改札でそう言った。




「・・・・わかった」
僕はそう答え、繋いだ手を離した。


僕は、改札を抜け、ホームに消えていくW子の後ろ姿を
ずっと目で追っていた。





考えよう


考えよう 一体、何が原因でこうなったのか
考えよう 何が悪かったのか
考えよう W子が何を思い、何を判断したのか
考えよう やり直せる方法を




もう、やり直せないかもしれない
もう、本当に無理かもしれない


それは解っていたけれど、
やはり、そう簡単に諦める事が出来なかった。


0.0001%でも可能性があるのなら、それに賭けたかった。






まず、思い出そう。
知り合って、仲良くなってからの事を思い出そう。


そして、一つ一つ、確認していこう。




そう、W子は、僕にとってのすべてなのだ。




落ち着いて考えよう。
そして、少し時間をおこう。





僕はW子へメールを送った。




1ヶ月くらい、いろいろ考えてみる事にした。
ぽんが考えたってムダだよ? って思うかもしれないけど、僕は考えてみる。
W子もヒマな時に少しでも考えてくれると嬉しいんだけど・・・


と、いうのもね、少し体調を悪くしたみたい。
だから、期間を区切って考えようって思ったの、勝手に。
そうすれば少なくとも「メールを送りたいな、でも返事来ないだろうし」
とか考えてモヤモヤする事もないだろうし。


W子は、もう戻らないよ って言ったけど、それでも僕はほんの少し期待してるみたい。
困ったもんだね・・・
W子が少し一人の生活をすれば、何か変わるかな、とか。。。


そんな淡い期待を持つ事にしたの。
とりあえず、僕は体調を戻して1ヶ月過ごしてみる。
諦めがつくか、全く気持ちが醒めないか、どっちか解らないけど。
1ヶ月くらいしたら、連絡すると思う。それまでは余程の事がなければ連絡しない。


その時、二人がどんな状況か解らないけど、お互いの気が向いたら逢ってみたいな って思ってる。
とか言って、その頃W子に彼が出来てたらどうしよう(汗
かなりショック。。。


勝手な言い分だけど、そんな簡単に諦められないよ。
1ヶ月、元気でね。
あまり無理しないでね。ホントにホントに身体が心配だから。


正直、最近は夜がイヤ。色々考えちゃってツラい。
でも、W子もそうだったんだよね・・・
今まで気付かなくてごめんなさい。





そして僕は
CROSS LINE3を書き始める事にした。