26・聞けない気持ち



□2007年1月・5□


W子から返事が来たのは23時近くになってからだった。


「お仕事おわりー
 返事の件、ごめんね。気を付けます・・・」




そのメールを受け取った時、
僕も仕事を終え、駅に向かう所だった。




「僕も終わったとこー。でも電車止まってる(汗
 一日、お疲れさま^^
 返事の事は、分かればよろちぃ^^
 結局、大学のゴハンは行けなかったの?」


僕はそう返信し、家に帰った。




家に着いたのは0時近くになってからだったけど、
W子からの返信は来ていなかったので、僕は先にメールを送った。


「ただいまー。着替えてうがいしてくるー
 W子はもう家に着いてるでしょ?
 おかえりなさ〜い
 んで、美容院の場所はわかってるの?」


僕はその日、体調があまり良くなく、風邪を引きそうな気配を感じていた。
それは仕事の疲れというより、精神的な疲れからかもしれなかった。




僕が着替えをしているとW子からメールが2通まとめて届いた。


「大学の友達とのゴハンは行けなかったけど、帰りに何人かと合流してきたの。
 ぽんも今日は遅かったんだね。お疲れさま^^
 私ももうすぐ家だよ。ただいま〜」


「あ、美容院の場所、わからないっ」






へー。大学の友達と、一応は会えたんだ。
それなら良かった。
でも、聞いてないぞ、それ。


そんな気持ちになって、返信をした。




「大学の友達と会えたんだ。良かったじゃん^^
 でも、聞いてないぞ、行くってのは。 
 今日、僕も遅かったけど、普段のW子よりは早いよー
 それと、美容院の場所。一回聞いたらちゃんと返事しなよ、大事な事は」




W子が大学の友達と会えた事に対して、僕は本当に「良かった」と思っていた。
でも、それを聞かされていなかった事に対しては少しムっとしたし、*1
何より、W子が望んだ事なのに「場所を聞いてこない」事に対し、ムっとしていた。


結局、僕は底なし沼にはまったまま、
W子にヨメさんとP子を見せる事になってしまった。





W子に姿を見せると言っても、ご対面させる訳ではなく
W子はバスを降りてきた僕たちを、遠くから見るだけの事だった。


その当日、僕は家を出る前にW子にメールをし、
駅に着く大体の時間を伝えた。





駅のバス停に着くと、僕は子供を抱っこしたままバスを降りた。
ヨメさんはベビーカーを抱え、降りてきた。


僕が何気なく周りを見渡すと、
20mくらい離れたガードレールの近くに、下を向いた姿のW子を見つけた。




暗い、顔、してるな・・・
そのW子の表情を見た時、僕はたまらなく悲しい気持ちになった。
あんなに悲しげなW子の顔を見たのは、初めてだった。


僕は美容院に向けて歩き出し、
ヨメさんは少し後ろをベビーカーを押しながらついてきた。




きっと、この後ろにW子が居るんだろうな
と思ったけれど、僕は後ろを振り向かなかった。






後ろを振り向けば、W子の姿を確認できただろうけど、


それは同時に
ヨメさんと子供がちゃんとついてきているか確認する事にもなってしまう。


それは考えすぎだったかもしれないけれど、
W子に「ちゃんと奥さんと子供に気を遣ってるんだ」
と思われたくはなかった。


だから、僕は後ろを振り向きもせず、たらたらと歩いていた。





僕は抱っこをしたまま美容院に居たけれど、
20分くらい経ってから外に出ることにした。


「グズりそうだから散歩に行ってくる」というのは建前で
もちろんW子に会うために外に出た。




外に出てW子に電話をすると、すぐに彼女はやってきた。
W子は暗い顔のままで、僕はなんと声をかければ良いか分からなかった。


「抱っこ、しても良い?」
W子は恐る恐るそう聞いてきた。




僕はW子に楽な抱っこの仕方を教え、P子を預けた。




「まだ、ちっちゃいね」
そう呟いたW子の表情には、P子に対する嫌悪感は見る事が出来ず、


一つの生命に対する想いのようなものが見て取れた。




その日は風が強く、肌寒い日だったので、
僕はP子を抱っこしたW子ごと、僕のコートの中に入れ、抱きしめた。






結局、10分くらいW子と喋っていたけれど、
僕も彼女も身体が冷えてきてしまった。


「じゃぁ、私、行くね」


そう言ってW子は駅の方に向かっていった。
僕はその後ろ姿を見送り、美容院に戻っていった。





ヨメさんは美容院を終えると、買い物に行きたいと言いだした。
街に出てきたのはそれこそ10ヶ月ぶりくらいだったから、それも当然だった。




僕は化粧品屋や洋服屋に付き合い、たらたらと歩いていた。


最初、僕は「マトモな父親」を演じるため、
ベビーカーを押そうとしたのだけど、ヨメさんはそれを拒否した。


「あ、大丈夫だよ、私が押すから」


その真意は、大丈夫だからではなく、単に世間体の現れだった。


つまり、僕もヨメさんも「どう見られるか」を意識していたのだろう。


僕の場合は演技。
ヨメさんの場合は世間体。


そんな具合だった。




暫く歩くと、ヨメさんは授乳のため、百貨店のベビールームに入った。
僕はやる事も無いので、近くの喫茶店にカフェオレを飲みに行った。






お店に入ると、突然めまいがし、頭がグラグラしてきた。


あー、風邪を引いたな、こりゃ・・・
それは久しぶりに味わう、風邪の引き始めの瞬間だった。




僕はカフェオレをすすり、タバコを吸いながらW子にメールをした。
まだ街に居るならば、逢いたいな、と思ったのだ。


しかしW子は既に家に帰っていて、逢う事は出来なかった。




ちぇ・・・ つまんないの
そう思いながら、僕は時間を潰していた。





段々と熱が出てきた僕は、その日は早く寝る事にし、
翌日も遅くまで寝ていた。




お昼頃に目を覚まし、W子にメールを送った。


彼女からの返信は午後になってからで、
夕方のメールでは「お散歩に行ってくる」と送ってきた。


僕はその返信をしたり、夜になってから体調の事をメールしたりしたけれど、
W子からは一向に返事が来る気配もなく、
僕は何となく嫌な気持ちのまま、一日を過ごしていた。




きっと、色々と考えてるんだろうな
そう思うと、返信を急かす気分にもなれず、ゆっくりと返事を待つ事にした。





翌朝、W子からメールが届いた。


「おはよう、ぽん。
 昨日は体調が悪いのに、メール、ありがとう。
 返信しなくて、ごめんね・・・
 今日は寒いから、風邪、悪化させないでね」


体調を気遣ってくれているのは嬉しかったけれど、
メールを「返信出来なかった」のではなく
返信しなかった」という事実は、僕の気を重くした。


3人の姿を見て、何を思い、どう感じたのか、
僕はすぐにでも聞きたかったし、色々と話しをしたかった。


でも、急かす訳にはいかない。
でも、聞きたい。




そんな葛藤が、僕をまた意地悪な気持ちにさせた。


「体調はそれほど悪くなかったよ。
 メール出来ない程体調なんて、それじゃ瀕死だよ(笑
 返信の事はいーよ、別に。W子からのメール、来ないと思ってたから」




そして僕は、やっぱり嫌な気持ちになった。


W子からのメールが欲しくて欲しくて仕方がなかったくせに、
矛盾した事をして、強がって、イヤミを言って、嫌な気持ちにさせて、
そんな自分を分かっていて、どんどん嫌な気持ちになっていった。




そのせいか、その週は残業ばかりしていた。


W子に「早くかえってね」とメールで言われても
「いつものW子よりは早いよ」とか
「別に早く帰っても意味がないし」とか


そんな返信ばかりをしていた。





「ぽんは明日はやっぱり早く帰るの?
 私は明日までかなり忙しくて、仕事が終わらなさそうなの・・・
 ○曜日なら時間が取れそうなんだけど・・・」




そうメールが届いたのは、僕の誕生日の前日だった。


仕事で時間が取れないのは良く分かっているし、
それに対しては文句は言わないけれど、
それでも、せめて誕生日の時くらい、少しでも時間を作って欲しかった。




そんな気持ちの現れからか、僕は


「別に〜 いつも通りじゃないかな。
 誰かが祝ってくれるワケじゃないしね・・・
 それとも誰かとケーキでも食べに行こうかな〜 うひ
 明日まで忙しいんだ。へ〜。大変だねー
 ○曜日は空くんだ。ふうぅぅん。何時くらいから?」


といった感じのメールを送っていた。




そんなメールを送ったって、何の意味も無い事だって解っていたけど、
それでも送らざるを得ない心境になっていたのだ。


僕はイベント事はどうでもいい と思う方だけど、
それでも大事な人ならば誕生日などは祝ってあげたいと思う。


出来る限り、当日に逢えるように、僕は最大限の努力はする。


同じ事をW子に求めるのはムリがあるのかもしれないけど、
その「形跡」だけでも感じたいとは思っていた。


それはウソでも構わないのだ。


ウソでも「仕事が入らないようにしたんだけど、ムリだった」
と、言って欲しかったのだと思う。


バカみたいだとは思うけど、
僕はその一言で全てチャラに出来たのだ。





その日の夜、
僕は後輩の公演がある事を思い出してW子にメールをした。


「そうだ! 後輩の公演、2月○日にあるよ〜」
W子とは何度も公演に行っていたので、誘ったのだ。


しかし、そのメールに対する返信は一切なく、
全く違う内容の返信が届いた。




「帰るとこー。今週はお互い遅いね。
 ○曜日は20時に会社を出る感じかなぁ。
 ○○か、いつもの街でケーキを食べてお祝いしようね^^」




僕はそのメールを受け取った時、
なに? 公演の事はスルーなの?
それとも、行く気が無いって事なの?

そう思ったけれど、もう、何も言えなくなってしまっていた。


一言、「公演、行く?」と聞き返しても良かったんだけど
「・・・わからない」と返事をされるのが怖くて、何も聞くことが出来なかった。




だから、結局、また意味の無いイヤミに走ったのだ。


「一応言っておくけど、僕は忙しくて遅いワケじゃなから。
 いつもと同じ時間に逢うんだったら、○○じゃ遅いでしょ。
 いつもの街で良いんじゃない?
 ケーキ食べれる店が開いてるかどうかは分からないけど」


そのメールを送ったあと、
W子からの返信は2時間近く来なかった。


いつもなら、家に着いたら必ずメールが届いていたので
僕は心配になってメールをした。


「家にはちゃんと着いた? おかえり〜^^
 僕はゴハンが終わったトコロだよ〜」




するとすぐに返信が入った。


「やばっ
 メール、送れてなかったんだ。最近、タイミングが良くないなぁ
 おかえりなさい、ぽん。
 ちゃんと帰宅しました。お風呂入ってくるね〜」




僕はそのメールを読んで、やっと安心する事が出来た。


送り損ねたメールも読みたいな。
そう思っていたら0時を周り、僕は誕生日を迎えた。





「はぁぁっぴぃばぁぁあぁ〜す でぇぇぇ〜い すてきな一年を」


W子からそうメールが届いたのは、0時ジャストだった。



う〜む、どうも書きにくい。いつもだったら、ある部分だけを書いているんだけど、
この頃の事は2時間おきの事とかだったりするから、描写がすごく難しい。おまけに、書く時間もあまり無いし・・・
内容も分かりにくいだろうけど、それは仕方ないです。僕自身がワケわかんない状態だったので。
もうね、ホントこの頃は浮き沈みの連続で、衰弱してたんですね、きっと。

*1:普段ならそんな事でムっとしないけど・・・