30・手紙
□2007年2月・1□
2月に入って何日かしたある日、
僕はいつものように近所のお弁当屋さんでゴハンを買って帰ってきた。
それまでの数日、あまりにマトモな食事を摂ってなかったので、
久しぶりにきちんとしたお昼ゴハンだった。
僕はポストから郵便物を取り、デスクへ戻った。
そして、その中にW子からの手紙が混じり込んでいた。
☆
毎日お昼休みが短い僕は、ゴハンを食べながら手紙を読む事にした。
せっかくの手紙なのだから、
食べる前とか、食べた後にしても良さそうなモノだったけど
僕は何の気無しに封を切った。
一体、何が書いてあるんだろう。
今の気持ち?
やり直そうという提案?
別れを切り出した理由?
そんな色々な想像が僕のアタマの中を駆けめぐったけど、
それほど良い予想もしなかった。
そして、その逆に、それほど悪い想像もしていなかった。
きっと、なんで気持ちが離れたか、その理由かな?
そう思いながら僕は「ぽんへ」と書かれた手紙を拡げ、
その文字を読み進めていった。
そこには、僕が最も予想したく無かったコトバが書いてあった。
「私には、今、好きな人がいます」
☆
ぽんへ。
元気ですか?
私はいま、とても心穏やかな日々を過ごしています。
仕事は忙しいけど、それでも一日の中で笑っている時間の方が多い。
そんな普通の毎日を送れている自分に安心しています。
この手紙を書こうかどうか迷ったけれど、
最後にぽんに伝えたい事があったので書きました。
この手紙に、嘘はひとつもありません。
私には、今、好きな人がいます。
どこの人か、いつから好きか
などは書きません。これから先も知らせません。
でも、私はその人の事が好きです。
今、私は普通の恋をして、その恋を楽しんでいます。
ぽんは「1ヶ月後」と言ってくれたけど、
ぽんが想いを寄せているのは過去の私で、過去の面影です。
生身の私は、もうそこにはいません。
私はもう、全く別の場所で前に進んでいます。
追うものも、追われるものもなく、自分のペースで。
そして、私はもう、ぽんの手の、気持ちの届くところにはいません。
この事を伝えるのが、どれだけ酷な事か、私には想像もつきません。
そしてぽんがこの手紙をどう受け止めようと、それはぽんの自由です。
なぜならぽんの気持ちはぽんのものだから。
大げさに言うと、ぽんの人生もぽんのものです。
ぽんの家族も、ぽんが作り上げてきたものも、ぽんのものです。
ぽんと過ごした1年は楽しかった。ありがとう。
そして、これも大げさだけど、私の一生の中でP子に逢えて、本当に嬉しかった。
生まれてきてくれて、嬉しかった。ありがとう。
体には気を付けて下さい。元気で。
W子
☆
僕は文字を目で追うにつれ、身体に震えが走り、
最初に口に入れたゴハンをそのまま吐き出した。
僕は暫くの間、放心状態で、震えはとまらず、
ただ、吐き気だけがこみ上げてきた。
好きな人?
いつから?
誰
と
?
ずっと前から?
去
年 誰と?
か
ら
?
会
社
の
人
?
それとも全然違う人?
どこでその人と?
いつから?
好きな人? 付き合ってるの?
普
通
の 笑っていられる時間?
恋
?
誰?
いつから?
ずっと前から?
☆
僕は全身の震えを感じたまま、
その手紙を何度も何度も読み返していた。