14・愛し方、愛され方



□2007年2月・18□




会社の鍵を開けセキュリティを解除すると、僕とK子は会社の中に入った。


「今、暖房つけるから」
僕はそう言って暖房のスイッチを入れた。


「ふぅ」
僕はため息をついて椅子に座り、K子にも椅子を勧めた。




日中は電車や車やFMの音でザワザワしている社内も、
この時間になると静寂そのものだった。


聞こえてくるのは椅子のキシむ音や、
タバコの燃える「パチパチ」という音くらいだった。





「ねぇ、僕に空いた穴って、何なの?」
僕は気に掛かっていた事をK子に聴いてみた。


親の事が原因というのはそれまでの話で分かったけれど、
僕には何が穴なのかイマイチ良く分からなかった。




確かに僕は「家族」の記憶が無い。
でも、それに対してなんの感慨も無い。


哀しいとか、辛いとか、切ないとか
そういった感覚は一切無いのだ。


もし、僕が家族との関わりが希薄だった事に対して哀しみを感じていたとすれば、
それは確かに穴に成りうるだろう。




でも、哀しみなどカケラも感じ取っていない僕にしてみれば
それは穴になり得ないのだ。




「さっき、ぽんさんはご両親に対して何とも思わないって言ってましたよね?」
「うん。何とも思っていない。だから穴になりようが無いんじゃないの?」
僕はそう言った。




「逆ですよ。何とも思わないから、何とも思えないから、穴なんです」
「どういうこと?」
「ねぇ、ぽんさん。普通は悲しむものですよ? ご家族との関わりがないのって」
「多分、そうなんだろうね(笑」
僕は笑いながらそう答えた。


「ぽんさんの場合、事情は分かりませんけど、小さい頃にご両親の愛情を受け取っていないんです」
「んー、多分そうなんだろうね、話を聴いていると」
「愛情を受けるべき時に受けていないから、愛情を知らないんですよ」
「へ〜。そうなんだ、僕」


「ねえ、ぽんさん」
「ん?」


僕は真剣な表情のK子を見返しながら聞き返した。


「ぽんさん、最も深い愛情って何か知ってますか?」
「うん。母親から子供に対する愛情でしょ?」
「そうです。そしてそれは"無条件の愛"なんです」
「それは分かる」
「本当に分かってますか? それが"愛"なんですよ」
「うん」
「でも、ぽんさんは、その愛を受けていないし、受け取るためのアンテナも無いんです」
「あぁ、なるほど」
僕は苦笑した。
確かに言われてみればその通りかもしれない。


僕は親からの愛情を感じたことも無ければ、
親に対しての愛情を想った事もなかった。




「ぽんさんは、彼女さんを愛してるって言いましたよね?」
「うん」


「親の愛、無条件の愛、本当の愛を知らないぽんさんが、良くそんな事言えますね」
K子はニコニコしながらそう言った。




そして「ぽんさんの、彼女さんに対する愛情って、何なんですか?」
とコトバを続けた。


僕は黙っていた。
ショックだったわけではない。


何をどう言えば良いか分からなかったのだ。


「ぽんさんは、愛したぶん、愛されたいと彼女さんに要求してたでしょ?」
「・・・うん」
「見返りを求めてるじゃないですか(笑 」
「・・・うん」
「確かに、愛して愛されたい気持ちってありますよ?
 でも、それは親からちゃんと愛されて、愛され方・愛し方を知った上での事ですよ」
「・・・・・うん」


「愛され方も知らないぽんさんが、愛し方なんてわかるわけが無いじゃないですか」
そう言ってK子は僕を見た。




「ぽんさんの穴はソコなんです」
そう言ったK子は、僕の胸に人差し指をくっつけた。