18・同情



□2007年2月・22□


「んー、やっぱり厄介ですね、ぽんさんは」
そう言ってK子は僕の手を取った。


「そうかなぁ」僕は笑いながらそう言ったけど、K子は真剣なままだった。
「第三者って事は一種の別人格みたいなものじゃないですか?」
「二重人格って事?」
「そこまではいきませんけどね」
「なんだ、つまらん。あ、でも夜は違う顔になるかもよ(笑」
僕がそう言うとK子は楽しそうに笑った。


「ねぇ、ぽんさん」
「なぁに?」
「そういう辛い事があった後って、どうするんですか?」
「どうするって?」僕はK子の質問の意図を聞き返した。


「例えば誰かにグチるとか、ストレスを発散させるとか」
「あー、そういう事ね。何もしないよ」
「何も?」K子は聞き返した。
「うん。何も。 寝て起きたら忘れちゃうもん、全部」
「んー、ホントにそうですか?」
「そう言われると自信が無いけど、大抵のイヤな事は忘れちゃうよ」
「ふ〜ん。そうやって抑え込んでるんですね、色々な事を」


抑え込んでいる?
僕は心の中で首を傾げた。
僕は忘れているつもりでも、そうでは無いという事なんだろうか。


「抑え込んでいるつもりは無いんだけど、そうなのかなぁ」
「そうですよ。ぼんさん、グチったりします?」
「しないかな」
「ぽんさん、お酒も呑まないでしょ?」
「うん」
「みんな、グチったり相談したりお酒を飲んだりしてストレスを発散させてると思うんだけど
 ぽんさんはどうやってストレスを発散させてるんですか?」


「寝て起きて発散かな」僕は簡単にそう答えた。


「それは発散じゃなくて溜め込んでるだけですよ」
K子は僕を見てそう言った。


「そういえば、友達に言われた事がある」
「なんて言われたんですか?」
「ぽんはアタシとか色んな人のグチを聞いてるけど、ぽんは誰かにグチったりしないの? って」
「何て答えたんですか?」
「グチりたい事があっても、寝て起きたら忘れちゃう って答えた」
「お友達は何て言ってました? それに対して」
「それじゃいつか爆発しちゃうよ って言って心配してくれた」
「ほらやっぱり。そのお友達も良く分かってるんですよ、ぽんさんの事」
「うん。そうだね」
僕はそう答えて友達の顔を思い浮かべた。
その友達は確かに僕の事を良く心配してくてれいた。


「そのお友達に感謝しなくちゃいけませんね」
K子は優しい表情でそう言った。


「うん、僕もそう思う」
僕は素直にそう答えた。





「たぶん、ぽんさんは軽い自閉なんですよ」
「自閉?」
「そう。自分の殻に閉じこもって自分で判断して相談もしなくて、どんどんストレスを溜め込んで、
 それが限界に来たら第三者のフリをして逃避してるんです」


「ははは。なんか随分と厄介な性格に聞こえるんだけど」
僕は笑いながらそう言った。


「だからさっき言ったでしょ、厄介だ って」
「あ、そっか。そうだね」僕はまた笑った。




自閉の定義は良くしらないけど、
K子の言わんとしている事は何となく理解出来た。


とにかく僕は徹底的な個人主義だったのだ。


一人で物事を考え
一人で何かを決定し
一人でストレスを溜め込んで
一人でそれから逃げ出して
一人でグルグルと同じ所を廻っていた。




僕はきっと「一人で」生きてきたのだろう。


それは「誰にも頼らずに」という意味ではなく
それは「一人で生きてきたつもりでも、実は支えられてるんだよ」というような類の事でもなく、


僕自身が周囲から距離を置き、
一人の「世界」で生きてきたという事だ。


もちろん誰にだって自分の世界観はあるだろう。
曲げられないポリシーや、譲れないプライドだってあるだろう。




ただ、僕の場合はその傾向が強すぎたのかもしれない。
だからこそ、K子は「軽い自閉」という言葉を使ったのだろう。


自分の世界に閉じこもり過ぎる という意味合いで。





「ぽんさんは哀しい人ですね」
しばらくしてK子はそう言った。


「そう?」僕は何の感慨もなく聞き返した。


「ふふふ。かわいそう って言って欲しいですか?」
「わははは。いらねーよ、そんな同情」僕は大笑いした。


「ふふ。知ってますよ、同情がキライな事」
「ははは。そうだよ、同情されるのってだいっきらい」
「プライド、高いですよね、ホント」
「そうかなぁ」僕は少し不満に思ってそう言った。
「高いですよ。特に心に関しては」
「あー、ソコは高い。僕ね、心の強さだけは見くびって欲しくないな」


僕は確かに「心」に関しての強さはプライドが高かった。
自分の決めた事や、僕なりの理念は決して曲げなかったし、他人に否定されるのも嫌った。
それは正誤の問題ではなく、僕にとって正しいかどうかの問題で、
一般論に対しての対比ではなかった。


そういう意味では僕は僕自身の考え方が一番正しいと思った事はなかった。
ただ、僕には僕の考え方、他人には他人の考え方があり、
それに対するアンチテーゼはあっても、否定はしなかったし、されたくもなかった。




つまり、僕は自分の意志を尊重して生きてきたのだし、
それが間違っていたとしても後悔はしていなかった。


だからこそ、同情される事を強く拒否したし、
ましてや「かわいそう」なんて言って欲しくなかった。






「ぽんさんの心の強さは、たまに頑固になるんですよ」
「頑固?」
「そう。決めたら絶対に曲げない。それが間違ってるって分かっても曲げないでしょ」
K子は笑いながらそう言った。


「あー、確かにそういう事があるかも」
僕は答えながら苦笑した。




僕は選択した結果がどうであろうと
「それを選択した意志」を大事にする傾向があった。




つまり、走り出したら止まらないのだ。
途中で間違っているかもしれない事に気が付いても
「いや、もう決めた事だし」となってしまうのだ。




それが
僕の悪い部分での意志の強さだった。