19・失われた機会



□2007年2月・23□


僕は選択した結果がどうであろうと
「それを選択した意志」を大事にする傾向があった。


つまり、走り出したら止まらないのだ。
途中で間違っているかもしれない事に気が付いても
「いや、もう決めた事だし」となってしまうのだ。


それが僕の悪い部分での意志の強さだった。





「ねぇぽんさん」
「なぁに?」
「これからどうするつもりですか?」


あと2時間もすれば明け方になろうかという頃、K子はそう聞いてきた。
結局、僕は一晩ずっとK子と話し込んでいた。


それはW子の事に始まり、僕自身の事、親の事、友達の事にまで及び、
洗いざらい色々な事を話した一晩だった。


もちろん、そんな数時間で全てを話す事は不可能だけど、
今までの僕に比べたら、随分と深い事を話したような気がした。




「これから って?」僕は聞き返した。
「家の事とか、そういう事」


「・・・やっぱり離婚、かな」
僕はそう一言だけ答えた。




「離婚して、どうするんですか?」
「んー、出来ることなら彼女とやり直したい」
「それはムリだってさっきから言ってますけど」
K子は冷徹にそう言い切った。


「うん、言ってるね」僕は力無く答えた。


K子に何と言われようと、僕は諦める気持ちが無かった。
「でも、やり直したいんだよ、僕は」




そう言ってK子の目を見ると、彼女はため息をついた。


「ぽんさん、物事には時期というものがあるんです。
 今までにやり直す機会はいくらでもあったんですよ?
 でも、ぼんさんはそのチャンスを逃したんです」




やり直す機会があった?
一体、どういう事なんだろう。
僕にはK子の発言の意味が分からなかった。


「やり直す機会があったの?」
僕は聞き直した。




「そうですよ。いつかは言いませんけど、彼女さんはそれを伝えていたはずですよ」
K子はそう言った。


「でも、僕は何も言われてないよ?」
「当たり前でしょ」そう言ってK子は笑った。


「彼女さんの仕草や行動や何気ないセリフの中に隠れていたんですよ。
 それに気づけなかったぽんさんが悪いんです」


「うーん、そうなのかなぁ・・・」
「そうですよ。彼女さん、SOSをずっと出していたはずですよ」


言われてみると確かにそうだったかもしれない。
僕は年末頃のやりとりを思い返してみて、そう思った。


「それに、ぽんさんは最後の最後でも気付かなかったんですよ?」
「最後の最後って?」




「彼女さんに彼氏が出来たって知った時、ぽんさんはどうしましたか?」
「え? 挫けて諦めた、かな」
「なんでそこで諦めたんですか?」
「だってさ、僕と居ると辛くて、今は穏やかだ って言われたら挫けるよ・・・」
「でも彼女さんは、それでも想い続けていてくれたら考え直したのかもしれませんよ?」
「そうなの???」
僕はビックリしながら聞き返した。


僕があの時諦めなければやり直す事が出来たのだろうか。
するとW子は僕を試していたのだろうか。


「まぁ、それは私の勝手な想像ですけどね。実際にはもう手遅れだったと思いますよ」
そう言ってK子は笑った。





「ね、だからやり直せるような要素、一つもないでしょ?」


K子の言う通りだった。
僕はW子のSOSを気付く事も出来ず、
自分の要求だけを押し通していたのだ。


仕事を一生懸命頑張っているのに「辞めちゃえば?」と言ったり、
会社の事に対して批判的な事を言ったりし、
W子の、仕事に対する姿勢を否定してしまっていた。




「無いね、確かに」
僕は肩を落としてそう呟いた。




「無いけど、それでも諦められない。やり直したい。
 そのチャンスが無ければ、僕は強引にでもチャンスを作る」


僕がそう言うと、K子は「やれやれ」といった表情で僕を見た。


「あのですね、ぽんさんと彼女さんでは、生きてきた世界が全く違うんですよ?」
「世界?」


「そうです。家族との関係や、家族との愛情が違い過ぎるんです」
そう言ってK子は何かを感じ取るように目を閉じた。






「ぽんさん」
「なぁに?」
「彼女さんは、髪の毛は肩くらいで、白いブラウスを好んで着ていましたか?」
「ん? うん。そうだね、そんな感じかな」
「背はあまり高くなくて、細身ですよね。あ、メガネもかけてるんだ」
「・・・・うん。分かるの?」
「ええ。大体の感じは。あぁ、わかった。この子ですね、きっと」


僕はK子の「特質」を知っていたから驚かなかったけれど、
心の奥底を見透かされている様な気分にはなった。
しかし、それは不快ではなく、単に不思議な感覚だった。


「彼女さん、ものすごくご両親に愛されて育ってますね。
 何か思い当たる事はありませんか?」


思い当たる事はあった。
それはW子の家に行った時に、リビングで見つけたモノがそうだった。




「ある」僕はK子にそう答えた。