31・報告
□2008年3月□
「結局、何も変わってないじゃないですか」
K子がそう言ったのは間違いではなかった。
それは表面上の事もそうだし、内面の事もそうだった。
ヨメさんに対し「離婚」の話を出してから1年。
僕の生活環境は何も変わっていなかった。
そして「ぽんさん、逃げましたね?」と言った。
それはB美の事を言っていたのだけど、僕は詳しいコトは話さなかった。
話したところで言い訳にしかならないし、「逃げた」というのは半分は事実だったからだ。
☆
「私だったら耐えられませんよ、そんな生活。
だって離婚の話が進んでても、一緒に暮らしている訳ですよね?」
K子はそう言って呆れた顔をした。
「うん。普通に暮らしてるよ(笑」僕は乾いた笑いで答えた。
「息が詰まったりしないんですか?」
K子はそう聞いてきたけれど、息が詰まる感覚に陥った事は無かった。
もうずっと僕は自分の部屋で寝起きをしているし、*1
朝も起きる時間がずれているので10分程度しか顔を合わせない。
夜も仕事から帰ると23時頃なので、ヨメさんとP子は寝ている事が多かった。*2
「うん。あまり顔を合わせたりしてないし、息は詰まらないよ」
「それって、ただ同居してるだけじゃないですか?」
「うん。その通りだと思う。同居してるだけだよ、実際のトコさ」
僕はそう答えた。
K子は「やれやれ」といった感じで僕を見ていた。
☆
ある時、僕は母親と会った。
「今、離婚の話を進めてるよ」と僕はサラリと報告した。
母親は驚いたけど「まぁ、私は文句を言える立場じゃないしね」
と苦笑いをしていた。
「それでさ、お願いがあるんだけど」
「何よ、改まって」
「ヨメさん。仕事が見つかったら家を出るんだけど、実家には戻れないらしいんだ。
だから部屋を借りると思うんだけど、場合によっては少しの間ここに厄介になるかもしれない」
「うちに?」
「うん。保育園とかとの兼ね合いもあるだろうけど、一緒に住んでもらう事になるかもしれない」
「まぁ私は構わないけどね。P子ちゃんの顔も見れるし」
「ははは。まぁそうだよね」僕は笑った。
「でも、何でそんな話になったの? 他に好きな人でも出来た?」
母親はそう言った。
「んー、半分当たってるかな。
付き合ってた子は居たよ。もう別れちゃったけど。でも離婚の話をしたのはその後。
その子との付き合いがキッカケではあったけど、理由ではないよ」
僕はそれまでの事をかいつまんで母親に話した。
W子と付き合いだして離婚を決めた事。
フられてしまった事。
別れたから離婚をしない という事に対する疑問。
そんな事を話した。
話しを聞き終えた母親は、今まで疑問に思っていた事を僕に言ってきた。
母親から「家」の事で何かを言われたのは初めての事だったけど、
それは正鵠を得ていた。
「ねぇ、○○さんは掃除ってニガテなの?」
そう言われて僕は笑った。
はい、その通りです。
「んー、ニガテだね。片付け、掃除、整理整頓、どれもダメかな」
僕はそう答えた。
リビングも、片付いていないしネコの毛だって舞っている。
シンクだって相変わらず水垢とカビの温床だった。
極めつけはヨメさんの寝室で、布団の周りは荷物で埋もれていた。
離乳食に恐ろしく気を遣っている人物の部屋とは思えなかった。
僕はヨメさんの寝室はノータッチにしていたが、
リビングやシンクは、夜中に片付けたり掃除をしていた。
そうしないと、P子に何かしらのアレルギーが出てもおかしくなかった。
「初節句の時、ビックリしたのよ。なんで片付いてないんだろう って」
「あー、あれでも片付いた方なんだよ」と僕は笑った。
「だから私は「キャビネットか何か買ってあげようか?」って言ったのよ?」
「うん、知ってる。だから僕はいらないって答えたんだよ。
モノが減らないじゃん、キャビネットなんて貰ったら」
「あー、そうね、確かに」
母親は笑いながら納得したようだった。
☆
「それで生命保険の受け取り人をP子ちゃんにしたのね?」
母親は思いだしたようにそう言った。
「うん。そうだよ」
「だからかぁ。変だなって思ったのよ、聞かされた時。
じゃぁ、もうその時には離婚を考えていたって事なの?」
「うん」
「ちっとも気付かなかったわ」
「そりゃそうだよ、表面上は平穏な家庭だもん」
僕はそう言って笑った。
母親は「やれやれ」といった感じで僕を見ていた。
僕はみんなに「やれやれ」といった感じで見られていた。
それは仕方がない事だった。
僕自身、僕の事を「やれやれ」といった感じに見ていたのだから。