9・高い壁



□2007年2月・13□




「ぽんさんは、その穴を自分自身の力で塞がなくちゃダメなんです」
K子はそう言って僕を見た。




「穴、ねぇ・・・」
僕は自分に大きな穴があるという実感がまったく沸かなかった。




そもそも、
穴と言われても何のことか僕にはサッパリ分からなかった。




「僕の穴って、何?」
僕はK子に聞くことにした。




「分からないですか?」
「うん」
「さっき、小さい頃の事を聞きましたよね、私」
「うん」
「ぽんさんの穴は、お母様に関係してるんです」
「母親?」


その答えは僕にとってもの凄く意外なコトバだった。
母親ねぇ・・・




「ぽんさん、小さい頃の事をあまり思い出せませんでしたよね」
「うん。ほとんど覚えてない(笑」
そう言って僕は笑ったけど、K子は笑わなかった。




「どういう事かわかりますか?」
「記憶力が無いって事?(笑」
「ははは」
K子は笑ったけれど、まだ僕のコトバを待っているようだった。




「普通はもっと色々な事を覚えてるものですよ?」
「そうなの? 僕、殆ど記憶に無いよ、家族の事って(笑」





僕は本当に覚えていなかった。


アルバムを見れば過去の出来事として知る事は出来たけれど、
その時、何があったか とか
その時、どう思ったか とか


そういった「感情」の部分に関しては全く記憶がなかった。


覚えている事と言えば、
僕が高校を卒業してからの事くらいだった。




でも、その頃は両親の仲は険悪の極地だったので、


僕対父親
僕対母親


という1対1の記憶しかなく、


そう考えると、家族三人の記憶というのは皆無だった。






「ぽんさんは、家族の記憶が無い事に対してどう思いますか?」
「いや、別になんとも思わないよ(笑」


僕は笑ってそう答えた。


それは強がりでもなんでもなく、
本当になんとも思っていなかったのだ。




「それが問題なんですよ、ぽんさんの」
「そうなの?」


「ぽんさん。家族との想い出が無いって感じたら、普通は悲しむものですよ?
 なのにぽんさんは何とも思っていない。どうして何とも思わないんですか?」


「なんでだろう。一人っ子だったから、一人の時間が長かったからかもしれないし、
 家の中に居ても、一人で居る事の方が多かったからかなぁ。
 とにかく、一人で居る事に慣れてたからだとは思うけど」


僕はタバコに火を点けながらそう答えた。
他の理由があるのかもしれないけど、僕にはそうとしか思えなかった。




「ホントにそれだけだと思いますか?」
K子は真剣な目のままで、僕に聞き返した。


「うん」
僕はそう答えた。





「ぽんさんは手強いですね」
K子はそう言って笑った。


「手強い?」
僕は聞き返した。


「ここまで心の壁が高い人、そうは居ないですよ」
「そう? そんな事は無いと思うけど」
「無茶苦茶ハードル高いですよ」
そう言ってK子は笑った。




確かに
とっつきにくい とか
本心をなかなか見せてくれない とか
人当たりは良いけど、その先に進むのは難しい とか


そういった類の事を言われた事はあった。


でも、心に壁を作った覚えはなかったし、
僕としては、これが普通だと思っていた。