31・折れた心



□2007年2月・2□


僕がやっと落ち着いたのは30分くらいしてからだった。


まるまる残った昼食を捨て、歯を磨き、
コーヒーを飲んで、タバコを吸って、


やっと少し落ち着く事が出来た。




相手は一体誰なんだろう。
そしていつから好きになったんだろう。
僕と別れたのは、その人を好きになったからなのだろうか。
じゃぁ「P子を見て」というのは単なる理由付けなんだろうか。
僕は、W子に他に好きな人が居る状態で、離婚に向かっていたのだろうか。




分からなかった。
何も分からなかった。




そして、
W子の言う「いつから好きになったか」というのが
せめて僕と別れてからであってほしいと願った。




もし、ずっと前からだとしたら、
僕はずっと・・・・


ずっと・・・*1








僕は、他に好きな人がいるW子と一緒になるために
離婚に向けて行動を起こしていたのだろうか。




そう考えると、僕は本当に吐き気がしてきたし、
とてもその想像に耐えられる精神状態ではなかった。




僕が唯一耐える事が出来る内容は


「W子が、会社の先輩に相談をしていて、
 相談をしているうちに好きになられ、好きになった」
という想像だった。




それならば、別れた後に
「まぁ元気だせよ、オレが居るじゃん」
みたいな感じで仲良くなっていったとしても、
僕にはまだギリギリ納得する事が出来た。




逆に言えば、それ以外の想像には一切耐える事が出来なかった。




僕と別れる前から気持ちが移っていたとすると
年明けの「これからも宜しくね」というW子のセリフは全くのウソになるし、


会社の人ではないとすると、僕の全く知らないトコロで
W子はその相手と会っていた事になり、僕は隠し事をされていた事になる。




僕はその想像に耐える事が出来なかった。






結局、僕が「嫉妬を感じた勝手な想像」だけが
「唯一納得出来うる可能性」だったのだ。




つまり
相手は会社の先輩で、相談しているうちに好きになった


という粗筋だけが、「それならば仕方ないかな・・・」
と思う事が出来たのだ。





そして、
僕はその時、初めて心が折れた。


それまで、
絶対にW子を諦めない
何がなんでもやり直す
と固く誓っていた僕の心は


「もう手の届くトコロにはいません」
「普通の恋を楽しんでいます」


というコトバによって、激しく、無様に砕け散った。










普通の恋」か・・・・




そう思うと、僕はとても悲しくなり、
僕自身が、全否定された気分になった。






そして




「もう、諦めた方が良いのかな・・・・」
という気持ちになった。






僕は、心が折れたまま、震える手でW子にメールを送った。
「ちゃんとW子の事を諦めます」と。





僕は震える手でW子にメールを送った。


「手紙読んだ。身体が震えてるよ・・・
 正直、好きな人が出来たんじゃないかって不安はあったの。
 気持ちがゼロになった って言われた時に。
 前の彼の時もそうだったもんね、W子。


 とても我慢出来る事じゃないけど、ちゃんと言ってくれてありがとう。
 ちゃんとW子の事を諦めます


 でも、わがままを言わせて欲しい。
 もう、諦めるから、会ってほしい。
 会って、その事をきちんと伝えたい」




これはムシの良いメールだった。


W子としては、手紙を送る事で、
本当に全てを終わらせたはずだったのだ。


だからこそ「最後に伝えたい事がある」と書いていたのだろう。
だからこそ「もう好きな相手がいる」と僕に伝えたのだろう。


それはW子の優しさだったはずだ。


あてもなくW子を追い続ける僕を
諦めさせてくれる、W子の優しさだったはずだ。




でも、僕は納得する事も、踏ん切りをつける事も出来なかった。




前にも書いたけど
僕は何かに区切りをつけるとき、「明確なキッカケ」が無いとダメなのだ。


どうしても終わらせる事が出来ないのだ。




それは僕の身勝手と分かっていたけれど、


それでも最後にきちんとW子に逢い、
顔を見て、
声を聴いて、


それで終わりにしたかった。




そうしないと、僕は何も終わらせる事が出来なかった。





もちろんW子からの返事は来なかった。


僕は夜中になってから家に帰り、
お茶漬けだけを食べ、部屋に戻った。*2




僕は布団の上に正座をし、
緊張した面持ちでW子に電話をした。




予想通り、留守電になったので
僕はメールで書いた内容と同じ事を録音した。


「ちゃんと諦めるから、逢って欲しい」と。





W子から返事が来たのは
翌日の午後の事だった。

*1:その先のコトバを、僕は口に出せなかった

*2:それしか食べる事が出来なかった